日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

「ポンピドゥー・センター傑作展」と映画「ラ・ジュテ」@東京都美術館

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ポンピドゥー・センター傑作展へ行ったところ、映画「ラ・ジュテ」が上映されていました。

ラ・ジュテ」は1962年にフランスで制作された、時間と記憶をめぐるSF映画。ネタバレになる可能性があるので題名はふせますが、ハリウッド製作のあるSF映画の原案とされています。

上映時間は26分。美術館で流すビデオ・アートとしては少々長めですが、映画にしては短い。短いだけに余計な要素がなくて、展開といい演出といい、極めてミニマムなものになっています。

フィルムカメラで撮った静止画がストーリーをつむいでいく。その画面のざらついたモノクロの味わいもとても良い。写真集を見ているような美しい絵で展開していく物語。

ラ・ジュテ [DVD]

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タイムトラベルもののSF映画は数多くありますが、記憶を物語の軸にあつかっているところがまた魅力的です。男はなぜ幼いころ見たその光景を、ある種の郷愁をもって思い出すのか。静止画で構成されたこの作品、一度だけムービーになる場面があります。その演出にも痺れます。

なんといっても特筆したいのは、この時代にこのアイデア! という驚き。あらためて見ると、「マトリックス」のエージェントの存在感、「ミッション:8ミニッツ」の実験で送り込まれる夢か現実か曖昧な世界など、その後のSF映画にのばした影を感じてしまいます。

映画好きな人には、ぜひ美術館で見て、原案にした作品を当ててほしいところ。ちなみに説明パネルにはその作品名が書いてあります。また、出だしの数分がラストに結びつくので、なるべく冒頭から見ていただきたい。

途中から見せるとか、ほんと、もう、猿の惑星のDVDジャケット並の所業ですよ!

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© 1962 ARGOS FILMS

さて、すっかり映画作品に気持ちをもって行かれたところで、ポンピドゥー・センター展の内容がほとんど記憶から飛んでしまったのですが、幸運なことに、途中ベンチで休みながらメモしたものがありますので、他の展示作品にもふれていきたいと思います。

ポンピドゥー・センターはパリの総合文化施設ルーブル美術館オルセー美術館のあるフランスで、より市民に開放されることを理想においた施設です。1906年から、ポンピドゥー・センターのできた1977年まで、一年ごと時系列に作品をおう流れ。

近現代美術史をたどるお勉強的な見方もできますが、そうかと思うとアウトサイダー・アートのカウンターパンチも入って、一筋縄ではない面白みのある展示でした。

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ラウル・デュフイ《旗で飾られた通り》1906年

「音楽が聴こえる絵画」ことデュフィの作品がお出迎えする展示室。比較的初期の作品で、まだいくぶんか具象的ではありますが、画面を大きく占めるトリコロールの旗が印象的です。建物の窓や背景も、暖色と寒色と白、と旗の三色に呼応するような色彩の遊びがあります。

展覧会の冒頭を飾るにふさわしい、フランス国旗を主題にした、心浮かれる色彩の一作です。

デュフィジョルジュ・ブラックの描く色彩豊かなフォーヴィズムから、造形をメタ的にとらえるキュビズムへ。情感ある作品はここからぐっと減って、説明パネルの言葉をかりれば、イズム(主義)の時代へと入っていきます。

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*イラストはイメージです。

ブランクーシ「眠れるミューズ」もまた、かたちを抽象的にとらえはじめた一歩であったでしょう。具象と抽象のあいだをさまようこの時代、デュシャンの「自転車の車輪」が登場します。

自転車の車輪を椅子の上に立てたこの作品は「気晴らしのため」に作ったのだそう。デュシャン脱構築的なアートには、その影響の良し悪しが自分の中でうまく整理されておらず、言及しづらさがあるんですが、この作品はいいな。暇なとき車輪をぐるぐる回すんでしょ、きっと。

デュシャンがひかれたものには、幾何学と動力のふたつの要素を感じます。そこにあるのは、このさき展開されていく未来派構成主義への予感です。

と、ここでシャガールの詩的な一枚でひとやすみ。少し先にはレオナール・フジタの自画像もあって、理論的になってゆくアートの一方でエコール・ド・パリの作品群は、時代のエアポケットのように抒情的な一面を見せてくれます。

一方で、かたちに魅せられた作家たちは、普遍性をもった造形をもとめました。アンリ・ローランスの彫刻からはプリミティブなかたちに見出された根源的な普遍性を、ル・コルビュジエやジャン・プルーヴェの合理的なかたちには、数的な美しさを備えた普遍性を。

イズムの百花繚乱たる20世紀美術。ここにきてセラフィーヌ・ルイの無垢な作品「楽園の樹」が展示。映画「セラフィーヌの庭」でも半生が描かれた彼女は、40歳で天使のお告げを聞いて筆をとったといいます。絵を習ったこともなく、郊外の町でひっそり描きつづけました。

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セラフィーヌ・ルイ《楽園の樹》1929年頃

骨格だけを強靭にしてゆく20世紀アートの中で、セラフィーヌの一枚に宿る素朴さと激しさには、思わずはっとさせられます。

ナチスが政権をとった1933年の作品はオットー・フロイントリッヒ。ナチスにより退廃芸術とみなされたフロイントリッヒは、ユダヤ人であったために強制収容所に送られ処刑されました。
クレーやロスコを思わせる幾何学と色彩の響きあう作品。このあたり個人的に好きな一枚です。

退廃芸術 - Wikipedia 退廃とされた芸術家と作品のその後

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オットー・フロイントリッヒ《私の空は赤》1933年

上階フロアではピカソが待ち受けています。ピカソと親交のあったパブロ・ガルガーリョの彫刻作品も展示。あまり知らなかったですが、良いですね。ピカソの影響でキュビズムでもあるんでしょうが、光が当たるところを空白にしていたり。光を造形にしているんですね。

1945年の展示はなく、代わりにエディット・ピアフの「ばら色の人生」が静かに流れてきます。

1944年7月ドイツ軍が撤退しパリが開放されました。翌年5月ドイツが降伏。平和への安堵と戦争で失ったもの。それぞれの場所で、さまざまな思いを抱いて聴いた一曲だったかもしれません。終戦の年のヒット曲に、当時の人々の心に思いをはせる…時代を想像させて、展示がぐっと引き締まる一場面でした。

La vie en rose

La vie en rose

表現を抑圧された時代が終わり、再び自由が戻ってきました。1948年マティスの「大きな赤い室内」は、まるで20世紀初頭フォーヴィズムの時代に戻ってしまったよう。けれどもこの明るい赤や、踊るように楽しげな黄色! マティスの言葉「私は色を通じて感じている」が胸に響きます。

セルジュ・ポリアコフは「かたちを聴かなければならない」と言いました。なにに美を見出すかは人それぞれ、枠におさまるものばかりが美の規定ではない。色彩に喜びを感じる人もいれば、造形に惹かれる人もいる。幾何学の厳密さに美を見る人、計算のない偶然性に美を感じる人。

暗い時代から開放されたとき目にするマティスの赤の、なんと自由で喜びに満ちていること。

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アンリ・マティス《大きな赤い室内》1948年

さて、戦後の美術で目を引くのは。ジャコメッティの彫刻です。チューリッヒ美術館展のときの「広場を横切る男」とくらべて、そこに立つだけの静かな存在感。孤独や"絶対の存在性"を思わせるのは、属するものすべてそぎ落として、ただそこにある存在をとらえるからでしょうか。

疾走する哀しみ―平野遼水彩・素描集 (Switch library)

疾走する哀しみ―平野遼水彩・素描集 (Switch library)

1960年代に入るとヌーヴォー・レアリスムが起こります。大量消費社会とその批判。少しおもむきが違いますが、クリス・マルケルラ・ジュテ」も、この流れで見れば、60年代の冷戦が激化してくる時代を反映しているといえそうです。

かつて科学技術への信頼と憧れを見せた未来派などの時代から、二度の世界大戦を経て、科学技術への怖れ、核開発競争からの終末観が現れてくる時代へと、半世紀のうちに変わりゆく意識が、アートには色濃く反映されているのでした。

具象から抽象へと飛び立った翼は、もう地上へ戻ることなど考えてもいないようです。ジャン・デュビュッフェの「騒がしい風景」をはじめ抽象絵画がずらり。ここでは、白い画面にかすかな筆触をつけて光を表現する、ジュヌヴィエーヴ・アッセ「光のトリプティック」が好みでした。

なんだかんだ盛りだくさんなポンピドゥー・センター展です。大御所もいれば、あまり知らない(けれど魅力的な)作家もいて、以前行ったチューリッヒ美術館展のおもしろさに似てたかな。ただ、一人のアーティストをじっくり見る感じではないので、せわしなく感じる人もいるかも。

20世紀が見た未来へのイメージ。実験的なデザインのその施設のコレクションもまた、チャレンジしてくことを厭わないエネルギッシュな作品を揃えて、さまざまな美のかたちを見せてくれるのでした。

ポンピドゥー・センター傑作展
会期 2016年6月11日(土)~9月22日(木・祝)
休室日 月曜日、7月19日(火)※祝日は開館
開室時間 9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)
夜間開室 金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)
当日券 | 一般 1,600円

ポンピドゥー・センター傑作展―ピカソ、マティス、デュシャンからクリストまで―|東京都美術館

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朝早めに出たものの、公園内のスタバで一息ついたら15時すぎ。少し時間があるので東京藝術大学の美術館へ。「いま被災地から」岩手・宮城・福島ゆかりの画家たちの絵画展を開催中です。

文化財も被災したこの地域では、今も文化財の救出・修復作業が続いているのだそう。その修復作品も展示。少し前に見た「東北画は可能か」展のときに感じたのが、東北という土地に結びついたアイデンティティです。だれかはっきり主張するわけでもないけれど、その奥深くに無言でつながっている感覚。

そういったところで角田盤谷「福島八景」などは面白い作品でした。真山孝治「彼岸に近く」佐々木一郎「帰り路、松尾鉱山の夕暮れ」など、ときに美しく、ときに厳しい自然の中で生きる人々を描いた作品が良かった。

そろそろ閉館かな、と外に出ると西日にはなってるけれど、まだ明るい上野界隈。ヨドバシカメラでカメラをぽちぽち触ったりしながら、なんとなく御徒町まで歩く。気温34度を知らせる電光掲示板を見て、暑い日は美術館に限るなあと再認識しました。

いま、被災地から -岩手・宮城・福島の美術と震災復興-
会期: 2016年5月17日(火)- 6月26日(日)
午前10時 - 午後5時(入館は午後4時30分まで)
休館日: 毎週月曜日
会場: 東京藝術大学大学美術館 本館 展示室1、2、3、4
観覧料: 一般800円(600円)

http://www.geidai.ac.jp/museum/exhibit/2016/tohoku/tohoku_ja.htm