日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

恩地孝四郎展 @ 東京国立近代美術館

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雨の降る中、国立近代美術館へ。

昨年秋の東京ステーションギャラリーでは、三人の美術学生が刊行した雑誌「月映」を紹介していて、活動期間一年半という短い季節のきらめきに目も眩むような、印象に強く残った企画展でした。

今回の国立近代美術館の企画展は、「月映」のその後、版画家の道を歩み、日本における抽象絵画創始者となった恩地孝四郎の回顧展。若かりしころ感情の透けて見える作品から、抽象表現へ磨きをかけていく円熟期へと、作風は変わっても、一貫して流れつづける響きを聞くような充実感がありました。

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「母と子」1917(大正6)年頃/福島県立美術館(引用作品はボストン美術館 出典元
「湖辺」1928(昭和3)年10月17日/ボストン美術館 出典元

東京ステーションギャラリーでは、田中恭吉や藤森静雄の揺れる心を直視するような作品と一風ちがって、感情と距離をとりながらドライに描いている印象のあった恩地でしたが、あらためて作品を追ってみると、作品のひとつひとつがとても詩的であることに気付かされます。

罪、魂、肉体の苦しみ、祈りと救い。三人の美学生が切磋琢磨したのは大正時代で、幕末から時をへだてること50年ほど。命のとらえ方が、どことなくキリスト教的に思えたこと、ゴーギャンの筆を思わせる恩地の自画像に、自身の奥深くに表現の源を見ているように感じて、その点もまた印象的でした。

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「大東京遠望」1929(昭和4)年/和歌山県立近代美術館(引用作品はハーバード大学 )  出典元
新東京百「景邦楽座内景」1929(昭和4)年/和歌山県立近代美術館  出典元

関東大震災から復興をとげた東京を、8人の版画家が連作で描いた「新東京百景」から数点を展示。
このあたりの作品も好みでした。暮れゆく空と日比谷音楽堂の灯り、映画館の静謐なる熱気。その時代にしかない空気ってあるなあと思ったりしたのでした。

萩原朔太郎の詩集をはじめ、早くから装幀家として評価を得ていた恩地の、デザインを手がけた書籍も展示。また写真にも関心を向けていたようで、植物のフォルムを静謐なまなざしで撮った作品などは、のちの「もの派」や中平卓馬さんの”あるがまま世界に向き合う”写真に、つい重ねてしまう。

植物や貝などのフォルムに、進化という一種の調和の美をみる。ときに冷徹に、ときにグロテスクに、最適解を求める生命のかたち。そこに恩地の造形への尽きないあこがれを見るようでもありました。

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「フォルム No.18 方形とその周辺」1953(昭和28)年/ホノルル美術館  出典元
「抒情 慈に泪す」1915(大正4)年/ボストン美術館  出典元

戦後はさらに抽象主義へと向かい、カンディンスキーに影響を受けて、音楽の発想を作品に取り入れました。限定的な要素からなる調和のとれた構成のために、音楽の感性を必要としたのかな。「方形とその周辺」という作品では、幾何学図形たちの存在の響き合いを見るようです。

そうとはいえ、恩地の根本にあったのは、まずは言葉であったように思います。暗きあさやけ、裸体のくるしみ、あかるい時、祝福の光——詩的なイメージが彼の中にあって、本来かたちのない闇や光、哀しみや希望、それらを造形にしようとしたのが、恩地孝四郎という作家だったのではないでしょうか。

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「そらよりくだるかげ(公刊『月映』IV)」1915(大正4)年/和歌山県立近代美術館 『月映』展 図録より
「抒情 いとなみ祝福せらる」1915(大正4)年/和歌山県立近代美術館 『月映』展 図録より

抽象絵画という一見とっつきにくいものながら、見終えたあとに人の心にふれたように温かい気持ちになるのは、彼の原点に叙情をおびた言葉があったからでしょう。つまりは三角形などといった図形を、どれだけポエティックに眺められるか、ということなのです。たぶん。

最近、美術展へいくたび図録を買っているので、今回は泣く泣くあきらめた。ミュージアム・ショップに近代版画の本があって、パラパラと見てみたけれど、近代版画めちゃくちゃいいな。川瀬巴水、吉田博はもちろん、荒々しさのある山本鼎や、都会の刺すような孤独を描いた藤牧義夫も。

琳派は和歌で、江戸琳派俳諧というのを聞いたことがあるけれど、本来、絵と密接であった言葉と歌の感性や技巧は、版画の世界に受け継がれたのでは、などと思いました。とりうる表現の手段が限られているから、限定的な要素で情景を描くことが、字数制限のある短歌・俳句に近いのかも。なんて。

恩地孝四郎
会場:東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー
会期:2016年1月13日(水)~2016年2月28日(日)
開館時間:10:00-17:00 (金曜日は10:00-20:00)
観覧料: 一般1,000円

恩地孝四郎展 | 東京国立近代美術館

 

ちょっと建築目線でみた美術、編年体

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恩地孝四郎展をじっくり見て、ミュージアム・ショップをのぞいたりしてる間に、閉館時間がせまってきて、あわててコレクション展へ向かう。足早に見れば間に合うはず、と思ったものの、コレクション展は写真も撮れるので、またついゆっくり見てしまって。

企画展とあわせて、大正から昭和の新版画も何点か展示されていました。復興してゆく東京の光と影。藤牧義夫の小さな枠の中のネオン輝く御徒町駅。油絵からは洋画家木村荘八の描く午後の光さしこむ新宿駅、早い筆で駅の雑踏を描く長谷川利行新宿駅」、などなど。

川上涼花「鉄路」も、今見ると、嵐のCM「光の道」を思い出させたり。改めて好きな絵だなあと。

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何度か足を運ぶと再会する絵もあったりするコレクション展ですが、堂本右美「Kanashi-11」は、目に入った瞬間、時間が止まったような錯覚を覚えたのでした。ガウスぼかしをかけたような風景に、うつむいた花? がくっきりした線で描かれる。日本画の展示室にありましたが、日本画なんでしょうか。

川端龍子金閣炎上」も迫力あってすごかった。と、ここで閉館のアナウンスが。まだ見終えてないのに! そういえば前回も見きれなくて、コレクション展とギャラリー4の企画展を別の日に見直したのでした。工芸館ではルーシー・リーや志村ふくみさんの工芸品が展示されていたようで…。

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3月からは、大正〜昭和期の歴史画の大家、安田靫彦展が開催されるそうで。ますます強まる夕暮れの雨脚に、ライトアップがいい感じでした。