日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

ヤギの話:ベティの恋

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子ヤギたちは日に日に大きくなって、牧場の柵をくぐり抜けて外界を楽しむものの、夕方になると戻り方が分からずメーメー鳴く。夜遅く仕事から帰ってきて牧場に近づくと、どこからか飛び出してきて「戻りたいの」と近寄って来たりして、勝手なものである。

その日は前日に仕事の飲み会で、市街地にある知人宅に泊まって昼ごろ帰宅した。牧場のほうで子ヤギのリリーがしきりに鳴くので、草を刈ってから柵に近づく。ヤギたちが集まってきて、すぐにエルザとシンディーの姿が見えないのに気がついた。

なんとなく覚悟する思いがおこる。躊躇もあったものの、牧場の中に入った。小屋の奥の物置をのぞくと、やはり二匹の姿はない。代わりに、見たことのない赤ちゃんヤギが一匹丸くなっていた。去るものがあれば訪れるものもある。驚きながらも、母ヤギが誰かはすぐに分かった。

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アリス一家、左がシンディーで真ん中がベティ。

シンディーには双子の姉妹・ベティがいる。ヤギの性格はいろいろなのだけど、ベティは一風変わっていて、少し意地悪なところがある。聞いた話では子ヤギのころ人に預けられて、あまりに鳴くので一ヶ月ほどで牧場に返されたらしい。そのせいか彼女はどことなく卑屈なのだ。

ベティはしばしば自分より体格の小さいヤギを攻撃する。ヤギにはつつき順位があるので仕方ないのだけど、ベティのばあいは他のヤギに追い払われたあと、近くにいた子ヤギのハンナを腹いせに頭突くなど、なかなかの性格の悪さが垣間見えるのである。

頭をなでると頭突きをしてくるのもベティの特徴だ。他のヤギは気にしないかさっと逃げるかなのだけど、ベティは自分だけツノがないことをコンプレックスに思っているに違いない。

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ぽつねんとするベティによりそうハンナ。ぼっち友だちと思っているのではないか。

早々に自立したシンディーとちがって母アリスにべったりだった臆病なベティ。姉と母がそれぞれに子ヤギを産むと彼女は取り残されて、牧場の隅で一匹座っていることがよくあった。そこにそっと寄り添って座るのがハンナだったりしたので、なんだか可笑しかった。

てっきりベティは間性*1のヤギだと思っていた。3匹の雌ヤギに種づけした帝王ダニエルと彼女の間にも、誘い誘われる雰囲気はついぞなかったはずである。

そういえばダニエルが愛しのエルザを追いかけ回していたとき、ベティが二匹の間に割って入ったことがあった。逃げ回るエルザを心配したのか。いや、ダニエルがエルザに熱をあげていることが気に入らなくて、心配するていで立ちはだかったのかもしれない。

ダニエルにおしりをかがれたときは、びっくりして1mほど飛び上がったベティだった。自分の魅力を存分に知っていたシンディとちがって奥手な彼女は、早々に大人になっていく姉妹をどのように眺めていたのだろう。

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子どもを猫かわいがりするベティ。後ろ足は変な立ち方で隠れているだけ。

そのひねくれ者で可愛げのないベティだったが、いつの間にか妊娠していた。この頃おっぱいが張っていたのでもしやとは思っていたが、ダニエルに代わって牧場に来たケニフが父親かもしれない。ベティのおしっこをなめて恍惚の表情をするケニフを、私は何度か見たことがある。

しかしやはり時期的に判断がむつかしい。ベティの産んだ赤ちゃんヤギがもう少し育たないと、ダニエルとケニフどちらに似ているか判別つきそうにない。ツノが生えればダニエルだろうし、リーゼントのスタイルならケニフであろう。

ヤギたちに草をあげているとヤギ主がやって来たので少し話をした。赤ちゃんが生まれていること。育児放棄するヤギもいるけどしっかり面倒を見ているから安心だという話。たしかにベティは我が子が鳴いていればよりそって、母乳を与えるのも苦でない様子である。

けれどもエルザとシンディの話は聞けなかった。ヤギ主のおじさんも二匹にふれることはなく、いつも草やりありがとうと言って帰っていった。

少し前に柵がたおれて、ヤギが全頭外に出てしまったことがあった。草を食べて満足すれば帰るだろうと、原っぱでヤギたちが雑草を食べるのを眺めた。あの夜、近くにきたシンディをなでても逃げなかったこと。週末のおやつの林檎を、私の手から食べてくれたこと。外を逃げ回っていたリリーがやっと牧場に戻れて、母エルザに甘えるようにぴたりとよりそった光景。

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日向ぼっこをするシンディとメル。メルとリリーは今はわたしの猫可愛がりを受けている。

ベティの赤ちゃんは生後三日ほどで、体力もついてきて、牧場に出ると元気にぴょこぴょこと跳ね回っている。ベティも慣れないながら娘のおしりをつついて近くに引き寄せ、すっかり母親の気持ちになっているようである。新しい母娘の絆を見ていると気持ちも明るくなる。

けれども心配なのは甘えん坊のリリーとメルで、母親がいなければ二匹とも草の争奪戦には参戦できず、遠巻きに眺めているだけなのだ。二匹が自分のテリトリーを守れるくらい大きくなるまで、もう少し面倒を見ないとなあ、などと考える。

ヤギのために草を刈ったり、雨の日キャベツを買ったりするとき、ふと思うのは、こんなふうに感情移入してしまうのも、あのヤギたちと過ごせる時間は思っているよりも短いということなのだ。その思いが、朝と夜あるいは週末の午後に、せっせとヤギたちに奉仕する理由なのである。

*1:間性とは両親のツノ有無の組み合わせで生まれる生殖能力のない雌ヤギのことで、このばあいツノのないヤギとして産まれる

映画の感想 - ブレードランナー2049

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5月の長い連休にいくつか映画を見た。「ブレードランナー2049」は昨年上映されて、ようやく配信サイトでもみれるようになったので、Youtubeでありがたくレンタル視聴した。

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映画の感想 - アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー

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ブログを書くときはいつも推敲するのだけど、おかげで筆がおそい。もう4月も終わろうとしてるので、推敲しなくてよさそうなことでも書いておこうかな。

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2月の風景:春の予兆

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この日はまだ寒かった。晴れだと聞いていたのに、海岸沿いの公園に着いたときには曇り始めていた。特に撮りたいと思うような海の色でもなかったけれど、尾根づたいのウォーキングルートを歩いていると、雲間からこぼれた日差しが、波間に鈍色の光を散らばせていた。

いつも絞りを開放にしてるので、このときは露出をさげて暗めに調整した。波間の光がするどい銀色に変わっていく。南の島嶼の明るい海の色では全然ないけれど、雲の多い冬の夕暮れに光のカーテンをおろす、見慣れた南岸線からの風景だった。

長い雨の季節が終わり、海岸沿いにも小さな花が咲きはじめている。小さな島に新しい季節が巡ろうとしている。人生に重ねて何か詩情あることでも言おうと思っていたが、とくに思いつかなかった。おかげで長らく放置して、3月に投稿するはめになった次第である。

いつか、少女だった日 - ヤギ編

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赤ちゃんヤギ三匹が産まれて二週間、落ち着きを取り戻したはずの小さな牧場で、朝からしきりにないてる子ヤギがいる。様子を見にいくと、母親を探しているのか、小屋の入り口でメーメー鳴く一匹の子ヤギの姿があった。

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前衛俳句のたのしみ

金子兜太さんの訃報を知った3日前、下書きのままで眠っていたブログ記事を思い出して、いまさら引っ張りだしてきた。10年ほど前に見た番組でもお爺さんという印象だったけれど、98歳、なるほど。喧々諤々の討論の中こぢんまり座っていながらも、ぽつりと出す指南が深かった。

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