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日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

最近みたものまとめ

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湾岸戦争 MI6人質奪還作戦

英国航空149便、イギリスからマレーシアへ向かうこの便の乗客のほとんどは、出発の朝報道されたイラククウェートに対する不穏な動きに気づかなかった。この便がクウェートを経由すると知らなかった者もいた。

機長はこの情報がもっとほしかったため、機内の不調を理由に出発を遅らせた。しかし本部からの連絡は、何度聞いても問題なしだった。機体が飛び立ってから数時間の後に、イラクによるクウェート侵攻が始まった。機長をはじめ乗客の誰もがそのことを知らされず、クウェートの空港に降り立った。
彼らは人気のない空港に気がつき、離陸を待っていた乗客たちも窓の外に降り注ぎ始めた砲撃に気付き、事態の異常を知る。

イラクサダム・フセインは、クウェートで集めた外国人を重要施設に配置し、人間の盾としようとしていた。
番組は、先にホテルにつき事態を知って大使館に逃げ込んだ者、イラク軍に人質とされた者、諜報員としてクウェートの街に身を潜めた者と、それそれの道を歩むこととなった乗客たちのインタビューから構成される。
なぜ149便はクウェートに降り立ったのか、乗客たちは果たして無事に母国へ戻れるのか。

…面白いというと不謹慎なくらい事件から時間も経ってないんだけど、話の進み方に退屈がなく一気に見てしまった。考えることもたくさんあったけど手短に…。
物語の手法として、勧善懲悪ものといおうか、何が悪で何が善かが明確な物語がある。一方で、対立する双方がそれぞれの事情があり、どちらが悪で善なのか一概に言えない、という構図もある。
最近みたもので、BBC制作のガリア戦記がとても面白くて、それ以来、その構図についてよく考えを巡らせる。帝国軍と共和国軍の対立なのだけど、どちらも魅力ある指導者だ。どうすれば戦いにおいて優位に立てるか互いに策略を立て、相手の出方を推測し、その上を行こうとする。善悪の対立を超えた戦いがあって、この描き方はすごいなと思った。
あるいは、悪の方に華をもたせる構図もある。「ダークナイト」はまさしくその構図で、悪の立場にある人物が魅力的で存在感がある。

この湾岸戦争のドキュメンタリーで感じたのは、指導者がどちらも存在感ある悪という構図だ。
武器を持たない無抵抗の外国人を人間の盾にするなどというフセインの行動はまさしく悪だし、国際的な批判がなければ、彼らの解放はなかっただろう。国際批判を避けるために、人質を丁重に扱っていることをアピールしたフセインは、本質は悪でも、周囲から悪と見られることは嫌だったのだなと思う。
しかしブッシュ大統領は、人間の盾作戦を聞いても、攻撃の手を緩めることは決してないと発表した。現地の人々は絶望をもってこの発言を聞いた。

議会で白々しくも航空機がクウェートに降り立ったのはイラク軍侵攻の前だったと言ったイギリスのサッチャー首相も、この構図では悪ではあるのだが、彼女はならざるを得ずなった悪であり、舞台の裏で良心の呵責に苛まれている姿も想像できなくはない。
一方、ブッシュは状況がしむけた判断ではなく、彼そのものに迷いがないために、周囲がそこにならっていくというような、引力の強さがある。

現地で大国の決定のはざまに翻弄された人質の立場になると、どっちを見ても彼らを救う意志を見せないという状況は、絶望以外の何者でもない。二つの権力の間にいる人々には感情のゆらぎがある。人質になっている人々も、彼らに銃を向けるイラク兵もその点は同じだ。ゆらぎがないということは魅力的であるようで、じつは恐ろしいことなのかもしれないと思った。

http://japan.discovery.com/episode/index.php?eid1=860995&eid2=000000

 

史上最悪の地球の歩き方 サダムの息子

たまたま、中東のものが続いてしまったけれど、これも面白かった。

イラン・イラク戦争で兵役についていたラティフはある時、宮殿へ来るようにという通達を受ける。疑問を抱いたまま宮殿へ赴くと、彼を迎えたのはサダムの息子、ウダイだった。
彼は、顔や身体的特徴が自分によく似たラティフに影武者にならないかと言う。選択の余地がないことが分かったラティフは恐怖と戸惑いの中でこれを承諾した。

フィクションなら、二人のやり取りを通して、互いに触発され、我が儘を尽くしてきたウダイが改心する…というところだが、現実はほんの僅かもそんなことはなかった。当時すでに強姦や殺人など悪の限りを尽くしていたウダイはイラク国内の人々から嫌われ、ラティフも彼のそばに付き添ううちに彼の蛮行に耐えきれなくなっていく。

ラティフがウダイを演じるところが面白かった。絢爛な衣装に着替えるだけではだませない。大きくゆったりとした仕草や不敵な笑顔で、空気が変わる。

この話は信憑性を疑う声もある、というので、話半分で聞く必要がありそうだけど、真実だとしたらすごい話だなあと思う。影武者がイラクでよくあることだったわけではなく、ウダイが面白がってラティフをそばにおいた、という感じのようだった。
飽きられたらそのときが自分の終わりであることをラティフも分かっていた。ウダイはおそらく彼によく似た影武者をとても気に入っていた。その屈折した友情のようなものを不思議に思った。

http://www.ngcjapan.com/tv/lineup/prgmepisode/index/prgm_cd/996

 

あなたの知らない世界史 軍司令官サラディン

しばらくイスラム圏の話が続いて、その中で最後にこの話だったので、気分替えに良かった。

エジプト、アイユーブ朝の創始者サラディンは、当時十字軍の支配下にあったエルサレムイスラム教徒の手に奪還した人物(のちに講和を結ぶ)。彼の戦争においての礼儀正しさは、ヨーロッパの騎士道精神にも影響を与え、現在のジュネーブ条約の精神の基となっていると言われている。

歴史的な聖人というのはなかなか存在しないもので、立場を変えれば聖人とは言えない面があるのが多くのケースだが、サラディンはもちろん人を殺さなかったわけではないけれど、敵の視点に立っても評価に値する人物だった。
己の規律をもっていて、それに忠実に従った。異教徒や敵に対する尊厳と寛容だ。それにより窮地に立たされることもあったが、その姿勢は生涯変わらなかった。

ハプスブルグ家のマクシミリアンⅠ世の時も思ったのだけれど、歴史上の政治の天才というのがいて、彼らはなぜその環境から生まれいでたのか不思議なくらい、突然に現れる。
マクシミリアンⅠ世は、ウィーンの田舎に生まれ、ブルゴーニュ公国王女との婚姻をきっかけに、フランドル地方の洗練された政治を学び、それを基にヨーロッパの国のあり方を変えていく。田舎者のマクシミリアンⅠ世が、どうして洗練された政治と文化を吸収して自らのものにし、多民族を受け入れる寛容さを備えていたのか、不思議に思う。

サラディンもまたそう。争いの絶えないエジプトの地において、どうして敵や異教徒を尊重し寛大になれたのか。

マクシミリアンⅠ世は商才に長けた一面があるように感じるが(晩年は返済に苦しんだようだが)、サラディンは法を遵守することにこだわりがあったように思う。

海外の番組を見ていると、イスラム世界というのは先進国の常識の及ばない危険な土地として描かれることが多いが、この物語はそういう中で違う見方を得られてとても良かった。

 

あなたの知らない世界史 ヒトラー誕生秘話

面白かったので、30分では物足りないと思った。描かれていることは、たまに目にすることもある説ではあるが。

ほとんど浮浪者に近い生活をしている時期もあったヒトラーが、なぜ独裁者への道をたどったのか。彼の病歴から推測するドキュメント。
下級役人の家に生まれたアドルフは、画家を目指しウィーン芸術アカデミーを受験するが二度不合格となっている。その後、浮浪者然とした生活をする時期を経て、第一次世界大戦時はドイツ軍に従軍し、敗戦を経験した。

何者でもなかった彼は、青年期に自我の確立を求めて悩み壁にあたり、その時期に戦争を体験した。戦争では後に見せるリーダーシップは垣間も見られず、談笑の脇で読書をしているような青年だった。しかし戦争は人の感覚を変える。
塹壕からたまたま外に出た時、砲弾が壕に打ち込まれ、中にいた全員が犠牲になり自分だけが生き残った、というような経験は、自分が他とは違う選ばれた人物なのだという思いを抱かせるようになる。
空虚な己の中に自我をもとめるその時期に、戦争という一体感と使命感を得た彼は、やがて政治家へと傾倒していくのである。

ふと「タクシードライバー」を思い出したのだけど、あの映画を想起して、やはりすごい作品だったのだなと思い直した。
自己の喪失感は、戦争、あるいは大義というものによって修復され、自我は満たされる。その陶酔感はさらなる絶対性を求める。

戦争だけではない、仮想敵を作ることや蔑視の対象を社会の内側に作ること、大きな正義を掲げること。何かしらの形で人は自己承認(顕示)欲を満たそうとする。
共同体に自分が属していることを感じ、そこで役割を得ることによって必要とされる喜びを得て、時にはそこから抜きん出ることに快楽を覚える。それが健全な環境である程度満たされているうちは問題ないのだろう、というより、そうであることが大切なのだと思う。
自己承認にひどく渇望し、それを歪んだ形で得ようとするときに、悲劇が起きるように思う。考えれば、たまにネットで話題になったりもする承認欲求が燃える音がする系の案件もそうなのかな。そこを断つには、もうストイックに生きるか、ある程度いい具合に、自己承認欲を満たしながら生きていくことが大切なのかもしれない。

 

あなたの知らない世界史 ノストラダムス占星術

面白かったしか感想書いてないんだけど、これも面白かった。

ノストラダムス占星術は本物だったのかを検証していく。ひとつは、当時の占星術がどういうものだったかを知れたこと。もうひとつは、ノストラダムスがどういう人物だったのか、ということ。

ノストラダムスの時代、占星術は医学とともに教えられていた。体の仕組みは天と相対になっていると考えられていたからだ。
医学を学んだノストラダムスは、やがて占星術の方に勉学を傾けていく。
120万人いたフランスの人口の内、約3万人が占星術師だったという。誇張もあるかもしれないが人気職種だったことは間違いないようだ。
占星術黄道12星座の内側に天体があり、生年月日と生まれた場所から、たとえば、月が蟹座の位置にあるというように、自分の運命のはいる部屋が決まる。このバースチャートにより、ホロスコープ(天体配置図)を作成するのだ。
ノストラダムスは40代の時占星術師として仕事を始め、その評判は国外にも響き渡り、王や貴族にも気に入られた。彼と同職者の占星術師たちは、彼を批判した。それは嫉妬によるものだったかもしれない。しかし、実は、ノストラダムスの残したバースチャートは初歩的なミスも見受けられ、同業者たちが怒りを見せるのも仕方ないものだっただろう。

また、彼の残した予言書は、4世紀たった今も語り継がれ、911の事件もまた、彼の予言書に記されているという。その一節を解読する。これが面白かった。
よく言われるが、占いや予言というのは”誰にでも当てはまること”をさも我がことと思えるように言うにすぎない。おそらくノストラダムスもまた、その例にもれない。しかし彼が予言書に記したことは、ある普遍性を兼ね備えている。だからこそ彼の予言は現代まで受け継がれ、人々に信じられているのだ。その秘密(仕掛け)が文学的にも感じられ面白かった。

 

まとめ

負けに不思議の負けなし、勝ちに不思議の勝ちありと言ったのはノムさんだったけれど、聖人を理解するより、愚かな人間を理解する方が実感しやすいと気づいたことは、ちょっとした発見だった。