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日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

ベスト・オブ・ザ・ベスト展@ブリヂストン美術館

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改装のためしばらく休館となるブリヂストン美術館。東京に来たばかりのころから何度か来たりして思い入れがあったので、これは行かないとと思ってたのですが、GWに行ったところ長い行列! いつもはのんびり見れる館内も、しばしお別れを惜しんでたくさんの人の入りでした。

印象派のイメージが強かったブリヂストン美術館ですが、改めて見てみると、戦後美術までの前衛作品や、近代日本の洋画家たちの優品が揃っています。幾つかの美術展を見てきて、絵の記憶が身のうちにたまってくると、今まで見えていなかった表現の系譜に気づかされます。

浅井忠の「水辺の洗濯」は、洗濯に勤しむ女性を包む、静謐な自然の描写が美しい作品。働くひとを見つめる慈しみの眼差しは、バルビゾン派の作品を思い起こさせます。拡散する光が肌におどる国吉康雄の裸婦像は、エコール・ド・パリの画家パスキンを思わせる。

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右/佐伯祐三「テラスの広告」(1927年)ブリヂストン美術館蔵 *ベスト・オブ・ザ・ベスト展 広告

佐伯祐三の作品が、ちょうど空きスポットになっていて、ゆっくり見れてとてもよかった! 先日ユトリロ展を見ていたこともあって、この筆跡ってユトリロだよなあと思ったり。けれど、刺すような鋭い線が素早く軽やかに走るのには、画家独特の鋭敏さと激しさがあります。

際立って素晴らしかったのが青木繁の「海の幸」。海辺の漁師を描く、リアリスティックな、しかし神話のような一場面。荒い筆致で生きる躍動を描きとめます。22歳でこの絵を描いたこと、明治という時代だったことを思うと、画家のその成熟した感性に驚かされます。

ありのままの社会を見つめることは、ありのままの自己への眼差しへとつながっていく。けして美しいわけでもない、みにくくとも、ただそこにある私。

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青木繁「海の幸」(1904年)石橋美術館蔵 *ベスト・オブ・ザ・ベスト展 広告

絵画にこうしたルーツを見るとき、西洋社会が獲得してきた価値観を、私たちの社会が受容していくさまを見るようです。他の文化の価値観を、書籍や学問として知っていくのとは経緯のちがう、美術を通し、体験として自己のものとしていく。

近代洋画にゴッホの影響を色濃く見ることがありますが、彼が今なお日本人画家の間で大きな存在を占めるのは、個の表出ゆえと思うのです。青木がこの絵を描いたとき、ゴッホはまだ人に知られる画家ではありませんでした。けれど、彼に学ばずともすでに青木の中には、自己の宣言が息づいていました。

明治がはじまって二十数年、すでに画家が自我の表出を手にしたことは、あるいはそれは他の文化への追従ではなく、私たちの社会じたいにその価値観の萌芽はあったのではないかと思わされるのです。

日本の近代洋画を堪能したあとは、20世紀の美術へと展開していきます。個人的にはラウル・デュフィのオーケストラが、いつ来てもいいなと思う作品。それから最後の展示室は抽象画です。ここに大きくかかげられた一枚の絵。水墨画のような幽玄の世界。青と白の、その相克。

ザオ・ウーキーは北京に生まれてパリを拠点に活躍した画家。ブリジストン美術館では何度かザオ・ウーキー展を開催していて、また常設の作品でもあるので、私にとっては、毎度この絵に会いに、美術館に来ていたようなものです。今回ももちろん、しばらくのお別れを告げにきたのでした。

改装が終わったらまたぜひ会いに行きたい一枚です。