日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

花と鳥の万華鏡@山種美術館 part 2

昨日書いた記事のつづき記事です。


  • せっかく内覧会記事だから、読んだ人が行ってみたいと思える記事を書きたい(短文が望ましい)
  • 思ったこと全部メモしておきたい(長文はさけられない)

という思いのせめぎ合いの末、記事をふたつ書くことにしました。
どんな展示会かさくっと知りたいのよね、という方には、前回の記事がオススメです。

花と鳥の競演

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※作品および館内は、内覧会につき許可を得て撮影しています。

来場者を迎える御舟の黒牡丹から、奥の開けたエリアの上村松篁の白孔雀までは、花と鳥の競演の作品を展示。狩野派や円山派、琳派などそれぞれの流派の表情が見られる作品がそろいます。

まずは、沈南蘋派の画風をとりいれて細密な花鳥画を描いた岡本秋暉。

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岡本 秋暉「孔雀図」 19 世紀(江戸時代)

沈南蘋は中国の画人で、その緻密な写生画は、伊藤若冲などにも大きな影響を与えています。
雌雄の孔雀を描いたこの作品では、美しい羽の表現に、群青や緑青、金をみっちりと使いました。荒々しい岩と水流にも南蘋派の画風が見られます。

ついで狩野芳崖「芙蓉白鷺」。長府藩狩野派の絵師だった芳崖でしたが、明治維新後は生活に困窮したといいます。米国人美術史家フェノロサとの出会いで転機をむかえ、東京美術学校の創立にも力を注ぎましたが、開校の日を見ることはありませんでした。

その芳崖の描く花鳥画。大輪の芙蓉の陰に立つ真白な鷺。華やかな題材ながら、背景に薄く墨を引くなどして控えめに仕上げています。

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左)狩野 芳崖「芙蓉白鷺」1872(明治 5)年頃/右)橋本 雅邦「老松巣籠鶴」1892-94(明治 25-27)年頃

となりの作品は橋本雅邦「老松巣籠鶴」、二羽の鶴が松の枝でヒナの世話をしています。

上野動物園の小宮元園長によると、これはコウノトリだという話。なんでも鶴はヒナを二匹しか産まないが、コウノトリは三匹産み、木の上に巣を作るんだそうです。作品名は鶴なのですが。画家が遠目に観察して、思い違いしてしまったのでしょうか?

動物に詳しい人が見ると、花鳥画もまた違う見方ができるんだなあと面白かったです。*1

同年同日に狩野派勝川院へ入門した狩野芳崖とは、生涯にわたっての友となりました。芳崖の亡きあと、東京美術学校の絵画科主任職が決まっていた芳崖に代わり、雅邦がその職に就きます。江戸と明治にわたり、日本画における時代の架け橋となった、縁深い二人の狩野派絵師の花鳥画です。

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今尾 景年 「松楓啄木鳥図」19-20世紀(明治-大正時代)/「松有紅葉小禽図」1921(大正 10)年

個人的に好きだったのが、今尾景年の作品。墨の濃淡が一色の色彩を引き立てています。枝や幹は筆の勢いを活かしながら、陰影までもしっかり描く。ふたつの絵がとなりあって並ぶと、夏と秋の楓の色彩がいっそう印象的にうつります。

クローズアップの写真にしてしまいましたが、全体のバランスも巧みな作品なので、来場予定の方は、絵の前で構図の美も楽しんでほしいなと思います。

今回のみどころ上村松篁の「白孔雀」ですが、撮影はできなかったので、エピソードだけ少し。

上村松篁「白孔雀」は、黄色いハイビスカスの陰にたたずむ白い羽の印象的な孔雀を描いています。
じつは日本画の顔料には黄色がないそうです。この作品の黄色が、何を使っているのか分かっていないのだとか。当時すでに日本に入ってきていた、油絵の具を使ったのかもしれません。

今回の展示作品でもある、鈴木其一「四季花鳥図」の向日葵の黄色は、制作年代をさらに江戸まで遡り、もはや何で描かれたのかわからないという話でした。オーパーツ的な何かを感じますね。

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鈴木 其一「四季花鳥図」19 世紀(江戸時代)

鈴木其一の作品は、秋冬と春夏の草花を描いています。四季を同時に見る一種のユートピアのようですが、上村松篁の南国の花鳥画も理想郷を描いているようで、表現は異なりつつも、どことなく似通ったものを感じました。

御舟の屏風絵「翠苔緑芝」。目黒に住んでいた御舟が、庭にあったものを描いたという”親密な視線”の作品です。時代が経って自分が名の知れない画家になっても「この絵は面白い」と思ってくれるような作品にしたいという思いがあったのだそう。

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速水 御舟「翠苔緑芝」1928(昭和 3)年 *芝の上でくつろぐウサギがかわいい。

紫陽花の花びらにはひび割れが見えますが、雨の流れる筋を表現したのでしょうか。意図的な技法だそうですが、どうやってひび割れを作ったのか家族にも明かさなかったそうです。

来場者をむかえる一枚「牡丹花(墨牡丹)」も、花びらの質感を深く追求した作品です。
いっけん水墨画のようだけど、葉は白緑で色づけしています。しべには金。黒の滲みとくっきり描かれた金のとりあわせが印象的です。

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速水 御舟「牡丹花(墨牡丹) 」1934(昭和 9)年

日本画では滲み防止に礬水(どうさ:膠と明礬を水で溶かしたもの)をひいてから描くものだそうですが、この作品では礬水を使わず、または後から滲ませたい部分だけ、お湯で礬水を抜いたりしているそうです。墨の滲みによって、花びらの重量感を出そうとしたのかもしれません。

画塾の入学が同日だった速水御舟と小茂田青樹は、終生のライバルとなります。一時期は中国宮廷画の画風にも学んだという御舟。その院体花鳥画の様式で端正な梅を描いています。一方の青樹は雨に濡れそぼる海棠をしっとりと。二人の作品をそれとなく隣り合わせにするのも、山種美術館らしい展示。

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左)速水 御舟「桃花」1923(大正 12)年 /右)小茂田 青樹「春雨」1917(大正 6)年頃

同時代を切磋琢磨したといえば、横山大観菱田春草の作品も隣どうし。春草の「春」は、月四題という連作のひとつで、季節ごとに表情の異なる月を描いています。揃いで見るのがよいと山崎館長もおっしゃっていましたが、今回は大観の桜との対比で「春」のみの展示。

大観の絵には海外の人にも伝わりやすい日本らしさがあるといいます。大観はこの作品で桜の背景に赤い日の丸を描きました。比べて春草の桜は、季節や時間のうつろいの儚さといった、派手ではないけれど確かな、日本らしい美意識を感じさせます。

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左)横山 大観 「春朝」 1939(昭和 14)年頃/右)菱田 春草「月四題のうち 『春』 」1909-10(明治 42-43)年頃

春草の「春」は、月夜の桜を薄墨で描いています。花びらの色濃いあたりは、胡粉で白く。微細なところに表れる変化に感じ入る、繊細な観察眼が見た世界です。近くで見入れば、月下の桜を見上げるようで、離れてみれば、はらはらと花びらが散るのが見えて、その静寂に聞き入る。

春草もまた、大観ほど先の時代を見ることができませんでした。大観のほうが名の知られた画家になりましたが、春草も長生きをしていたら、今よりもっと知られる画家になっていたのかもしれません。

と、友情編はここまで。
花の次は鳥、ということで、川合玉堂竹内栖鳳ら大家の描く動物画。

上村松篁の品のある花鳥画や、岸連山の師岸駒の描く迫力ある虎などは、理想の中の動物たちですが、西村五雲の描く犬や奥村土牛の兎は、画家の近くにいてくつろぐ姿を見せています。

西村五雲は竹内栖鳳に学びました。自然なままの動物たちを描くところなど似通ったものがあります。耳を掻いているのか、ぐっと体をひねった犬は、太く味わいある線で描かれています。動物画を得意とした五雲は、一瞬の動作をとらえた愛嬌ある動物たちの姿を多く描き残しています。

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左)西村 五雲 「犬」20世紀(昭和時代) /右)竹内 栖鳳 「みゝづく」1933(昭和 8)年頃

竹内栖鳳「みゝづく」は、庭にいたミミズクを描いたものだそうです。少ない筆数で描くのが栖鳳の作品に見られる特徴だとか。言われてみて眺めると、颯爽と描く軽やかな線に気がつきます。色を置くのもさっとひと撫でするようで、線の上手さをしみじみと感じました。

そのほか、写生を重視した京都画壇、円山・四条派の流れを汲む画家の作品がならびます。

空間との調和をとりながら描かれる今尾景年のホトトギス。月をおぼろに描いて空間の広がりを感じさせます。飛び立つ鳥の一瞬の羽ばたきを描いた川合玉堂*2の鴨。また、水辺に立つ二羽の鶴を描いた竹内栖鳳の作品は、水面に透ける鶴の脚など、写真を参考にしたのかもしれないというお話でした。

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手前)川合 玉堂「鴨」1949(昭和 24)年頃/奥)竹内 栖鳳「双鶴」1912-42(大正元-昭和17)年頃

その他のみどころ

今回いちばんの見どころは「白孔雀」をはじめとした上村松篁の作品かなあと思います。
上村松篁の作品には、写真ではなかなか伝わらない気品のようなものがあります。単純にいうと、背景に銀のようなものを敷いてあるのですが、それが展示室の照明にあてられてキラキラと輝くのです。

琳派の画家は余白に金箔を敷きましたが、上村松篁の花鳥画は、柔らかな色彩と銀のあしらいで清浄な空気感を作り出していて、独特の余白美を感じさせます。上手く溶けるようになるまで10年はかかると言われる胡粉。その白を美しく使った松篁の表現技を、じっくり見ることができました。

また、川端龍子の「牡丹」や、渡辺省亭「牡丹に蝶図」は洋風表現をとりいれて、どっしりした牡丹の質感と色彩が美しい作品。線に頼らず色の濃淡だけで挑んだ龍子。緩急ある余白と色彩が絶妙な省亭。とくに「牡丹に蝶図」は落款を光悦風に?散らして書いて、作品の洒脱な雰囲気に一役かっています。

渡辺省亭はパリに滞在していた時期があって、印象派の画家たちとの交流もあったよう。ドガと絵の交換をしたエピソードが残っているそうです。きっとお互い大変に触発されたのではと想像したり。

だいぶ文字数書いたにも関わらず、あれもこれも書き切れてない感ですが、作品レビューはこの辺で。

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左)松林 桂月「春雪」19-20世紀(明治-昭和時代) /右)菊池 芳文「花鳥十二ヶ月」19-20世紀(明治-大正時代)

結びに

山種美術館のブロガー内覧会は美術系ブログ「弐代目・青い日記帳」さんとのコラボレーション企画です。私も展示会や美術系のイベント情報をキャッチするのに、大変大変おせわになっています。

ブログの中の人Takさんは、今回は魅力的なブログの書き方などお話されていて、牡丹の花に絞って描き方を比べてみるなど、独自の視点をもつといいよ、ということをおっしゃっていました。

それでいうと今回は、日本画にとって困難な時代に、互いに競って高め合った画家たちの間柄のようなところを、裏テーマとして見てもよさそう。同日画塾に入った二人が、後世に名を残す画家になれたのは、偶然や引き寄せというより、互いに触発しあった相乗効果の末かもしれないと思ったりしました。

余談になりますが、記事をまとめながら思ったのですが、狩野派の絵師が明治以降苦労したという話を聞いたりするのに、円山派の絵師はそうでもないような気がしました。画風の差とは思えないけれど。狩野派は武士階級が多くて、円山派は商人層が多かったみたいな理由もあるのかな。

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*1:いきもの通信 Vol.286[今日のいきもの]コウノトリ放鳥記念/コウノトリとツル、どこが違う?
鶴は後ろ指が短いため木に止まれず、地面に巣をつくるのだそうです。
ということは橋本雅邦の木の上の鳥の絵は、やはり(学術的には)コウノトリかも。
小宮先生は、このほか鶴の指のつき方の指摘などもされているようで、「小宮輝之 花鳥画を斬る」みたいなノリを感じたことは内緒です。

*2:川合玉堂:円山四条派を学んだ後に、狩野派の橋本雅邦に入門しました。円山・四条派と狩野派を融合させた画風と説明されています。