日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

SHUNGA 春画展 @ 永青文庫

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待ちに待った本邦初、春画展の開催。晩夏の目白台永青文庫へ足を運んできました。
永青文庫は旧熊本藩主細川家の屋敷跡に建てられた美術館で、改修工事が終わってさっそくの展示が、今回の春画展です。

2013年の大英博物館春画展が好評だったニュースは聞いていて、それまでグロテスクに感じていた春画のイメージが変わったのは、私自身もこの時でした。思い返せば10代のころ、本屋でうっかり春画の本を開いて、ちょっとしたトラウマになったものですが、月日をへてまさか自ら春画展に行こうとは。

永青文庫、はじめて行ったのですが、ちかくには椿山荘、野間記念館があって、緑ゆたかな心地よい場所。春画展に限らず、また行きたいなと思いました。

永青文庫 ルート荒川線早稲田駅

JR目白駅有楽町線江戸川橋副都心線雑司ヶ谷からわりと歩くみたいで、地図で見ていちばん近い駅、都電荒川線早稲田駅から行くことに。
都電荒川線はJR大塚駅、または有楽町線東池袋駅からだと、乗り継ぎしやすいです。

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都電荒川線は都内にのこる路面電車
普段使いのひとも多いけど、撮り鉄の人もちらほら。一緒になって撮ってきました。
駅を降りて神田川のほうへと出ると、川沿いの桜並木の遊歩道があります。ぷらぷらと歩く。

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遊歩道をぬけてすぐの橋を渡ると、胸突坂という、名前の由来がしのばれる急な坂道が。
この階段がゆいいつの難所ですが、川沿いから橋、細い坂道と、地形を楽しめる散歩道です。
坂道をのぼると、左手に永青文庫があらわれます。所要時間は7分ほど(google map調べ)。

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こぢんまりした美術館ですが、展示数は盛りだくさんでした。それでも作品をこまめに入れ替えて、12/23まで開催予定。京都での開催も決まっているようです。初日の午後は、展示室前に数人並ぶほどの混みぐあいでした。平日は夜8時まで開館しているようなので、時間帯うまく見て行くといいかも。

春画のたのしみ 其の一 布にたくしたもの

行水をのぞくカラスの目線で描かれた一枚、湯屋を描く一枚など、やんわりした作品ではじまる春画展ですが、展示室にはいると、肉筆画の名品がずらり。ユーモアある版画とちがって、エロスをどう効果的に描くかという、めくるめく性愛の世界にたじろいでしまう。そわそわしながら列にならびます。

野沢堤雨は江戸琳派の最後の画家のひとり。桜と紅葉の表装が美しく、目を引く作品でした。今でいうと教師と生徒の間柄でしょうか。引き寄せられた女性の表情にははじらいが見えます。ふたりの着物は桜と紅葉と呼応しています。同じ季節にあるはずのない桜と紅葉は、男女の対比かもしれません。

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野沢堤雨(のざわていう) 筆「秘戯図巻」江戸〜明治時代(19世紀)

やわらかな桜花の白と、燃えるような紅葉の赤。川面にたゆたって、ひとときの季節に染め上がる色彩のあざやかさ。男女の危うい心情は、流水に翻弄される桜と紅葉に重ねて、着物の色に表されます。
流水と同じ色の腰紐をとけば、桜と紅葉はにわか勢いづく川の流れのって、ごたっと入り混じるはず。

二人を隔て、ときに結びつける。流水は運命を翻弄する象徴として青に託され、腰紐の色に現れます。

春画において着物はしばしば重要な役割をはたします。交接部をあらわに描く春画では、男女の着物によって、その部分をトリミングし、クローズアップします。そのトリミングの妙を見るのも、春画のおもしろさでしょう。今回でいうと、鳥文斎栄之などは、その意識が強いように思います。

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鳥文斎栄之 筆「四季競艶図」寛政年間(1789〜1801) ミカエル・フォーニッツコレクション
*後期の展示、前期は同種の作品の「春の戯れ」を展示。

着物や季節の描き込みも美しいのですが、交接部をどう見せるかも毎度工夫があります。赤を印象的につかい、視線をぐっと引きつける。水色の襦袢のひだを細く、流水のように描いたものもあります。
あるいはそれは、もっとも意識されるべき部分の擬似的な再現なのでありましょう。

なんて、そんなに妄想をたくましくしなくても、たんに「着物の描き込みが綺麗」でいいじゃないかと言われると、その通りではあるんですが。

春画のたのしみ 其の二 他者の視線

性愛絢爛の美を堪能したあとは、版画の作品へ。ここは楽しかった。肉筆画とはまたちがって、男女の交わりよりも、画面の端にいる登場人物たちの面白みが、どちらかというとみどころな気がします。

船遊びに興じる男女の、さあこれからというところに、わざわざ船を近づける猿回しの芸者。男のしらっとした顔と、船遊びの一同のぽかんとした顔に思わず笑ってしまう。
春画には、こういった冷めの目線があるように思います。

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鈴木春信「風流座敷八景」明和7年(1770)/杉村治兵衛「枕絵組物」元禄年間(1688〜1704)国際日本文化研究センター

行為そのものへの没頭ではなく、そこからの意識のずらしがあります。ついたての向こうの女中や、障子のすきまからのぞく女たち。思わずといったふうでもなく、がっつり見てたりします。

これだけ覗き覗かれるのは、当時の家屋のつくり上、ままあったことなのでしょうか。それとも絵の中のフィクションなのでしょうか。いずれにしても鑑賞者の視線は、どちらかというと覗き見をしている人物のものに近い。親近感をもって、どこか憎めず、思わず笑ってしまいます。

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喜多川歌麿「ねがひの糸ぐち」寛政11年(1799) 国際日本文化研究センター
*意訳:「あんたもせわしないねえ!」「元気になったもんがもったいねえだろ!いくら自分のでも自由にはならねえんだ」

春画の著名な作品も勢ぞろいでした。葛飾北斎の蛸の作品をふくむ「喜能会之故真通」、喜多川歌麿「歌まくら」、仙薬で豆のように小さくなった男が、さまざまな情交を見て回る遍歴の旅に出る、「風流艶色真似ゑもん」(鈴木春信)などなど。

どれも今の漫画のように、人物の台詞が書きつけられています。いくつか現代語訳が補足されてましたが、これ他も全部読めたらおもしろいだろうなあ。読んでみても読みきれないのが悔しいところです。

春画のたのしみ 其の三 構図の仕掛け

大英博物館春画展でしばしば展示例に引用された、喜多川歌麿「歌まくら」の一枚。

抱き合い口づけを交わす男女を女性の背後からとらえて、二人をクローズアップしながら、他の情報を大胆にそぎ落とす。それでいて、男性の片目、扇子の狂歌など、意図的な情報の配置がある。肝心なところを見せなくても、それとわかる構図となっています。

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喜多川歌麿「歌まくら」(天明8年)浦上満氏蔵 *「蛤にはしをしっかとはさまれて鴫立ちかぬる秋の夕暮れ」宿屋飯盛

喜多川歌麿の作品には、こういった構図の妙があるように思います。先に布による交接部のトリミングについてふれましたが、情報のクローズアップ、あるいは隠す——紗をかける、ついたてで覆う——ことでより意識させる、いわば情報のデザインをそこに見ることができます。

春画というと葛飾北斎の大蛸小蛸の作品が取り上げられがちですが、喜多川歌麿の河童の絵も巧みさがあります。絡む相手に、蛸をもってくる北斎の趣向にはいささか及びませんが、機知に富んだ構成に、歌麿の魅力を思い知らされます。

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葛飾北斎「喜能会之故真通(きのえのこまつ)」 文化11年 /喜多川歌麿「歌まくら」天明8年 ともに浦上満氏蔵

川底で二匹の河童に襲われる女性。岩の上に女性を描き、水中を流水紋で紗をかけることで、その衝撃的なシーンの印象をやわらげています。鑑賞者が自分を重ねるのは、あくまで岩の上の女性。水中の光景は流水紋の隔てのむこうに遠ざけられています。

水面下の世界はこの世とは別の世界、もっと言えば、岩の上の女性の想像の世界かもしれません。

日本の家屋に密室がほとんどなかったためでしょうか、春画に描かれる場面は、多くが外の世界とゆるやかにつながっています。内と外を仕切るのは、障子や襖、衝立や蚊帳、あるいは庭の木々や塀といった小道具です。内面世界と現実世界の境界を流水によっている工夫も、そのひとつと言えるでしょう。

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歌川国貞 筆「金瓶梅(きんぺいばい)」 江戸時代(19世紀)*通期展示、上下巻入れ替えあり
*琴の練習中か、座敷の男女の戯れに、雪のふる庭の情景をへだてて、別棟の女性が視線を向ける。

女湯を眺める湯屋の三助を描いた作品では、男女の世界のへだての曖昧さを感じさせます。どこからが女の世界で、どこから男の世界なのか。目に見える明確な一線のない中で、その境界線は建物や地理の構造にそれとなく委ねられている。しかし意識だけは、向こうとこちらを行き来することができます。

個人的にはこの点がもっとも興味を感じるところでしたが、いかんせん知識が乏しく、ぼんやり思い馳せる程度でした。民俗学を好きな人に春画の世界は、たまらなく面白いのではないかと思います。

春画のたのしみ 其の四 風俗や物語を見る

浮世絵の春画には、さまざまな階層の人々が登場します。そして絵の中に描かれるのは、当時の人々の人間模様。本来はこの「物語をよむ」(同時に当時の風俗を知る)ことが、春画の最大のおもしろみではないかと思うのですが、しかしながら、それでいて難易度の高い見方でもあると思いました。

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「若衆遊伽羅之枕」延宝3年(1675)/「床の置物」 天和年間(1681〜84) ともに菱川師宣 国際日本文化研究センター

まず一眼みて、女性なのか若衆なのか、覗いてる相手が家族なのか女中なのか、すぐには判断がつきません。当時の人は着物や髪型でわかったのでしょうけど、現代の私たちでは知識がないと少々難しい。歴史に詳しい人や、雑学好きで知識がある人は、より楽しめるんだろうなあと思います。

来館者のうち、おじさん客はふむふむ見てて、若い男性客は照れもなく楽しげでしたが、女性客はあんがい真面目に見てたり。でも衆道を描く作品ではにわか盛り上がったりして。私は女性の性事情を描く作品がどれほどあるか興味がありましたが、多少という感じで、数点ほど展示されてました。

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絵師不詳「鍾馗(しょうき)」 江戸時代(19世紀)*前期のみ
歌川国貞「花鳥餘情吾妻源氏」天保8年(1837)頃 国際日本文化研究センター *彫り摺り技巧が光る一枚

衆道的な作品では、鍾馗なる厄除けの神が、鬼に圧しかかる一枚に目が留まりました。この襲いこみによって、鬼は引きかけの風邪が治ってしまったらしい。ありがたい。いやありがたくない。

また、春画は規制をすり抜けて作られたため、版画の彫り、摺りの超絶技巧がほどこされたといいます。図録には載っていなかったのですが、永青文庫蔵の歌川国貞「艶紫娯拾餘帖」などは、紙の表面に凹凸をつけて桜を表現したり、贅をつくして仕上げていて、その絢爛さはため息ものです。

図録など

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図録:糸かがりの背表紙かっこいい。

春画を満喫したのちは、ミュージアム・ショップでグッズを眺めつつ、図録を購入。4000円、むむ、安くない。かさばるし。いつもは買わないけど、今回は迷わず買いました。大英博物館の図録が二万数千円するのを見て、感覚が麻痺したこともあるかもしれません。

今回ひとりで行きましたが、冬ごろ上京する友人がつき合ってくれるそうで、後期も行けそう。

ひとりで行くか、誰かと行くか悩ましい春画展。正直なところ、ひとりは気楽でしたが、誰かといく方が醍醐味があるかも。後期は女どうしソワソワしながら見ることになるだろうかと思うと、今から妙な楽しみがあります。

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オトノハカフェ

食べログオトノハカフェ

遅いお昼を近くのカフェで。土地勘ないので、いちばん近そうなところを。
二階からの吹き抜けがあって、明るいお店でした。

昼時は多少混むようで、お店の方も懸命な様子でしたが、閉店1時間前になると客足もひいて、図録を眺めつつ食後のオレンジジュースを飲んでいたら、ソファー席に案内してくれた。いいお店だ。

結局、つい長居してしまったのでした。

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展示会レビューはここまで。以下はごく私的雑感。

雑感

春画は当時の人々にどのようにものだったのだろうというのが、今回の展示に行くまでの私の中の疑問でしたが、春画の研究を進めているアンドリュー ・ガーストル氏も同様の疑問があったようで、そのへん図録にしっかりと載っていました。

図録のテキストでは、とある米国人商人の記録を引用しています。彼が日本の商家を訪ねたときに、そこの老紳士から春本を見せられ、いかに名品であるかを語られたのだそう。同様のことが二、三度あって、ついに彼はこの驚きについて記すことをやめてしまうのでした。

春画の歴史 教養から娯楽へ

春画のはじまりは平安時代までさかのぼることができます。その頃の春画は厄除けのまじないとして所有され、戦のさいには甲冑の下に忍ばせたのだそう。時代をくだると、枕絵の絵巻は、母から娘へと受け継がれる性教育のテキストにもなりました。

桃山時代に日本に入ってきた中国の春宮画も、大きな影響を与えました。春画は十二枚の組みで構成されますが、それには春宮画の形式の踏襲があります。天の運行にそって陰陽の交わりをすべしという教えが、なぜか日本では十二ヶ月の年中行事に結びつき、物語的に発展していきます。

江戸時代には印刷技術が発達して、春画も庶民が担い手となりました。最近まで読んでいた春画についての本では、当初、春画の読み解きにはある程度の教養が必要だったものが、大衆化していくにつれ、分かりやすさが先にたつようになる、と書かれていました。

春画が人々にとってどのようなものだったかは、時代によって少しずつ変わっていったのではないか、というのが、今回思ったことです。当初、教養であったものが、やがて娯楽へと転じていく。

アートかポルノか

大英博物館でおこなわれた春画展では女性客も多く、春画が卑しむものではなく、美術的側面があるとの総括をつづった記事には、少なからず反発の声もあったように見受けられました。はたして春画はアートかポルノか、またその評価はオリエンタリズムによる好奇にすぎないのでしょうか。

思うに、欧米の人々から見て春画に描かれる世界は、彼らの価値観と対照的なものであり、かつ、春画の鑑賞に教養が必要であったことからうかがい知れるように、その価値観を支える文化に確かな成熟があったことが、彼らを驚かせたのでしょう。

では、彼らと対照的な価値観とはどういうものか。それは性の営みや表現が、禁忌のものではないということです。西洋では意志を欠いたゆえの肉欲は、長らく忌むべきものでした。19世紀、マネの「草上の昼食」が物議をかもしたのは、市井の女性の裸が描かれていたためでした。

春画はアートかポルノか。当初は「アートもポルノも今の価値観だから、どちらでもない」と考えていましたが、展示を見て思ったのは、どちらにも当てはまるということでした。肉筆画を見たり、米国人商人の逸話を読んだりすると、春画が美意識をもって鑑賞のために描かれたことがうかがえます。

その点、美術的側面があったことは明らかですが、ポルノかどうかという点はどうでしょう。

春画は「笑絵」とも呼ばれ、何人かで楽しむものであったと言われます。だからこそ春画にはユーモアがあって、行為そのものからの意識のそらしがあり、ストーリーの面白みがある。その上でたとえば夫婦でほのぼのと見ていて、どれ今晩いっちょやっとくか、みたいなこともあったはず。

もとは縁起物や性の手引き書であった春画は、根本に性の肯定が流れています。時代をへるにつれ、多少の変遷を感じ取れますが、多くの作品に性の謳歌があります。また、そのような文化に至るには、性の戯れが必ずしも密室のものではなかった*1日本ならではの、おおらかな雰囲気も要因にあったでしょう。

性のうながしがある点ではポルノ的と言えそうですが、後ろめたいものという意識がとりついてない点が、春画が「いやらしくない」と言わしめる理由であろうと思います。大英博物館春画を目にした人たちが感じとったのは、そうした開放的な性のありかただったのではないでしょうか。

春画の文化的価値

先に述べたように、春画には美的な鑑賞はもちろんのこと、風俗、民俗的な見地からの面白みもあり、さらには多くの春画が古典文学を引用する(いわゆるパロディー)など、それらは連綿とつづく文化の連続性の中にありました。また、その需要から、最高級の技術による豪華な作品も作られました。

江戸時代にも春画を規制する向きはあって、しばしばの禁令に、貸本というスタイルで取締りをまぬがれます。そのことが却って表現の自由さにつながるのですが、しかし明治に入ると規制は厳しくなり、やがて春画もすたれていくのでした。

日本画として伝統的絵画の再興や、近年の浮世絵の評価など、いちどは忘れられた文化が、海外の評判により日本で再評価されるケースは多々あります。しかし21世紀の今、春画というジャンルで同じ展開が起こるのを見ると、不思議なような、感慨深いような思いになります。

春画はアートかポルノか、答えはそれをはるかに超えたところにあるのではないか。

と思いながらtwitterを眺めていますと、溢れんばかりの職人的エロ魂に、圧倒されたり共感したり、ときに心配したりしながら、やがては文化的アイデンティティのつながりを確認したりして、そんな子孫たちの賑わいに、百年はさかのぼる時代の絵師たちも、喜んでいるような気がしなくもありません。

関連URL

春画のからくり (ちくま文庫)

春画のからくり (ちくま文庫)

春画展に行く前に読みました。アートかポルノかの問いを引きずりながら展示を見るのはいやだなあと思ったので。とても面白かったけれど、やっぱり美術展はまっさらな状態で行って、はじめに感じたことを、後から図録や学術本で照らし合わせるのがいいな。この本の内容にかなり影響されて、その価値観の中で展示を見てしまったなあと思います。
「隠す」「覗く」「テクスタイル(布)」のキーワードから読み解く春画。また、歌麿の河童の絵の解説も、この本に寄っています。

1第2回 春画の呼び方(本文) / Slownet -SNS
中世期においては、性は人間の純粋な欲望・好奇心の対象であると同時に、人間を超えた力、すなはち宇宙の生気、魔力や呪力を宿したものといふ意識が強かつたやうに思はれます。それが近世になつて春画が広く庶民の間に拡がると、性が孕むさうした魔力や呪力への意識は稀薄になり、性を人間の素直な欲望と好奇心の対象と見る意識が強くなる同時に、それをおほらかな「笑ひ」の内に見るといふ、まことに独特な意識が生まれてきます。
http://www.slownet.ne.jp/sns/area/culture/reading/ukiyoe_qa/200906061548-9766789.html

春画の歴史と、その評価。霊的なとらえ方から、笑いの文化、そして原罪的性と愛、「秘すべきもの」へ。
春画を知るのに必要なことが一通り書かれている記事です。

春画はポルノにあらず | nippon.com
クラーク氏が好んで使う春画の定義は「性的に露骨なアート」。重点は「アート」という語にあり、「性的に露骨でありながらこれほど高い芸術性を備えている作品は、西洋では最近になるまでなかった」と話す。
http://www.nippon.com/ja/views/b02304/

”タイトルは煽り”のような。クラーク氏は「性的に露骨」と「アート」が両立していることに驚きを感じているように読めます。他にもユーモアや古典からのパロディーにふれて春画の魅力を語っています。

1原罪という問題 1、アウグスティヌスにおける原罪 | ウェブマガジン プロメテウス
こうした肉のむさぼりや死などはまずは第一の、本来の原罪に対する罰であるが、第二のものであるとはいえそれもまた原罪に属することになる。しかも、それは人間が新たに罪を犯す根拠ともなるのである。アウグスティヌスによれば、「私たちはその[霊と肉の]争いの中に生まれ、死の始源を引きずり、私たちの肢体と損傷した本性の中に、最初の罪に由来する肉の闘争を、いな肉の勝利を持ち運ぶのである」
http://www46.atpages.jp/mzprometheus/philosophia/5848

キリスト教における性欲への罪の意識は、アウグスティヌスによる原罪の解釈が大きく影響しているというお話。

1138夜『江戸の枕絵師』林美一|松岡正剛の千夜千冊
本書は師宣・祐信・春信・湖龍斎・春章・清長・歌麿・豊国・北斎・英泉・国貞・広重・国芳の13人の絵師をとりあげ、その枕絵の趣向だけに蘊蓄を傾けている。
http://1000ya.isis.ne.jp/1138.html

春画を手がけた絵師を駆け足に解説。

ソフィア 京都新聞文化会議 - アンドリュー・ガーストル氏 なぜ「春画」を展示するのか
特に男性に聞かれるが英国展では、日本人も含めほとんどの鑑賞者が知識なしにあらゆる側面-美術、娯楽、ユーモア、性教育、パロディー等-に面白みを見いだしたようだ。性表現はあからさまでも健全な男女の性欲に対する春画のヒューマニスティックな態度に関心が寄せられた。女性の反応は積極的で、女性がポルノグラフィックな対象でなく、性において平等に描かれているとの印象を持った人が多かった。
[http://www.kyoto-np.co.jp/info/sofia/20150612_4.html

アンドリュー・ガーストル氏による英国での反応と日本での春画展開催への期待


大英博物館展開催時、2013年10月の東京新聞の記事。記事はすでに消えていたので、ブックマークページをリンク。ちょうど森美術館会田誠展で物議があった年だったのだなあと。


歌麿『ねがひの糸ぐち』評価と、絵の中の会話の現代語訳を掲載。

『喜能会之故真通きのえのこまつ』とは
序文に「紫雲庵、雁高(しうんあん、かりたか)」という、北斎の隠号で署名があるため、北斎の作品とされているが、北斎から隠号を譲り受けた渓斎英泉(けいさいえいせん)を軸に、北斎含め北斎一門の誰か、もしくは北斎の娘・葛飾応為(おうい)との合作とする説が有力である。

車 浮代 北斎春画かたり | 『喜能会之故真通(きのえのこまつ)』全三巻

娘との合作説があるのか・・・。すごい父娘だ。
渓斎英泉も関わっていたかもっていうのも。英泉の作品、今回は少なかったけど図録にはいろいろ載ってたので、後期に多めに展示されるといいな。

*1:図録を参考。朝鮮通信使である申維翰の記した日本見聞雑録『海遊録』に記述がある。「日本では家に必ず浴室を設け、男女がともに裸で入浴し、白昼から互いになれあい、夜はまた必ず灯火をつけて淫を行ない、興をかき立てる「具」を備えて、歓情を尽くす」引用:江戸時代 | 外国人が見た日本・日本人