日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

映画の感想 - メッセージ

見逃した映画祭2017ということで、年末は気になっていた映画を見つつ年越しをしました。見た中でもとくによかったのがメッセージ。感想を記しておこうと思うのですが、ネタバレにかかる部分が作品の醍醐味なので、ガンガンネタバレしていきます。

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地球に突如あらわれた宇宙船、その地球外生命体との接触を依頼された言語学者のルイーズは、物理学者イアンとともに任務にあたる。かれらの目的とは? はたしてルイーズはかれらとの意思疎通をはたすことができるのだろうか。

地球外生命体ヘプタポッドの言語は墨で描いた円環のようなもので、これには「始まりも終わりもない」ことから、かれらには「時間の概念がない」という推測が、作中で示されます。この時間の概念が、物語全体にかかる仕掛けとなっています。

ルイーズはなぜ未来が視られるようになったのか

たがいの言語を交換しあい、じょじょにかれらの言語のケースを蓄積していくルイーズですが、ミッションに危機がおとずれました。意を決して単独でこころみたセッションで、彼女はヘプタポッドから「ルイーズは未来をみることができる」と予言を受けます。地上で目を覚ましたルイーズは、かれらの言語を体得するという体験を得るのでした。

ヘプタポッドの言語を習得することで未来をみる能力を得ることは、事前にルイーズがかたる「サピア=ウォーフ仮説」(言語は思考に影響を与える)で示唆されています。また、言語体得の直前にフラッシュバックする未来の記憶で彼女は、のちに自分が執筆するヘプタポッドの言語についての書籍の存在を知るのです。

つまり、かれらの言語を理解することで未来を視ることができるようになった彼女は、その能力でさらに、未来に自ら執筆する書籍によって、ほとんど完璧にヘプタポッドの言語を習得したということなのでしょう。

ルイーズはチャン上将をどうやって説得したか

つぎに分かりづらいのが、宇宙船が飛来した地上12箇所のうち、人類の対立をあおろうとしているとして対話を断ち、他国に先んじて宣戦布告をした中国のチャン上将を、ルイーズが説得するシーンです。

数ヶ月後、ヘプタポッド言語研究発表のパーティーでルイーズに会いにきたチャン上将は、ヘプタポッドとの開戦をふみとどまった経緯を「あなたに説得されたから」と話し、彼女に携帯番号と、妻の最後のことばを告げます。この未来の幻視により、ルイーズはじぶんが今、何をすべきかを悟るのです。

彼女が減圧室? に逃げ込んで携帯電話をかける場面は、セリフが聞こえないので、何と言ってチャン上将を説得したかは分かりませんが、想像するにこういう感じでしょうか。

ルイーズ「(チャン上将の妻の最後の言葉)*1
チャン「!?誰だ君は」
ルイーズ「(名前と所属を述べる)」
チャン「いったいなぜ私の番号を知っている、なぜ妻の最後のことばを…」
ルイーズ「あなたから教えていただきました」
チャン「私は君と会ったことなど」
ルイーズ「未来のあなたから」
チャン「…どういうことだ」
ルイーズ「(なるべく手短な経緯説明)」
チャン「分かった、手を引こう」
ルイーズ、イアンに「終わったわ」

これで数ヶ月後にふたりが出会う場面で、チャンがルイーズに電話番号と妻のことばを教える流れが生まれるわけです。

ヘプタポッドのいう武器とは何か

あと、ヘプタポッドが「武器を提供する」といったことの「武器」が何かということも疑問として一緒に観ていた家族に聞かれましたが、これはヘプタポッドの言語と、それによって時間の制約を外した思考を得る、ということ、それ自体を「武器」と呼んでいます。

これを「武器」というには不相応ですが、これも作中でルイーズが「道具のことかもしれない」(武器ということばが人類特有のもので、ヘプタポッドの「武器」にちかい言語は人類のことばに置き換えができない)ということが、これもまた示唆されています。

こういった細かい伏線を回収していき、最後に物語の認識をひっくりかえす仕掛けが明かされます。

叙述トリック

序盤から導入される、愛娘との日々、そして死別の記憶は、物語のラストで、それが主人公にこれから起こる未来のものであったことが明かされます。キーワードは、ルイーズと娘の会話に散りばめられています。(セリフは私の記憶にもとづき適当です)

ハンナ「ママ、思い出せない言葉があるの。対立するお互いが利益になることを表す言葉なんだけど」
ルイーズ「妥協?」
ハンナ「違う」
ルイーズ「ウィンウィン」
ハンナ「もっと数学的な言葉」
ルイーズ「(ため息まじりに)だったらお父さんに電話したら」
ハンナ、むっとして踵を返す。

ここで回想シーンがいったん区切りになり、しばらくのちに、物理学者イアン(だったと思う)がヘプタポッドの意図を「非ゼロ和ゲームだ」とつぶやくシーンが出て来ます。ここでふたたびルイーズのフラッシュバック。階段をのぼる娘へ顔をあげて、

ルイーズ「非ゼロ和ゲーム」
ハンナ「(顔をかがやかせて)それだわ」

お父さんが数学に詳しい専門職であること、「非ゼロ和ゲーム」をイアンも口にしていることから、夫とイアンのつながりをにおわせます。また別のシーンでは、

ハンナ「パパは私を嫌いになったから出ていったの?」
ルイーズ「そんなことないわ、どうして」
ハンナ「パパの私を見る目が変わった」
ルイーズ「…私が悪かったの。私が未来が見えるから、未知のウイルスの感染が広がって…私が余計なことを言ったのよ」

ルイーズじしんが「未来が見える」と告白していること、ルイーズが夫に娘の未来を告げてしまったことが離婚の原因となったことが想像されます。

会話は詳細に覚えてないのですが、イアンがルイーズに「きみは(ふるまいから察するに)独身だね」という場面もあり、一見イアンとの恋の予感を漂わせながらも、この任務の時点までは、ルイーズが独身であることが示されています。

イアンが夫であり、娘との記憶が未来のものであることは、イアンと娘との愛おしい日々が幻視される場面でわかるのですが、それまでの伏線が一気に回収されて、余韻たっぷりにつづられる回想のシーンには、その真実の発見と同時に起こる悲しみに、ことばを失ってしまいます。

「この先の人生が見えたら、選択を変える?」と尋ねるルイーズ。それは私たちへの問いかけでもあります。未来も、過去も、現在も、その瞬間をそれぞれに愛おしく生きること。幸福に帰結するわけではなくても、生きることに価値はある。悲しみに満ちた中にある、生の肯定。

まとめ

かなり計算してつくりこまれた作品だと感じていて、一緒に見た両親は、「暗すぎる」「話が複雑」など、あまり好みではなかったようですが、私はたいへん感銘を受けました。娘との日々が切なく愛おしく描かれているのですが、その懐かしさ(喪失感)が未来のものだったという倒錯もいいですし、何より、全体をつらぬいているSF的な感性がたまりません。

私たちは、時間とは過去から未来へむかって流れている、過去が現在へ影響を与えているものだと考えていますが、未来が現在へ影響を与えていると考える研究者もいるといいます。しかしそうすると、私たちの未来はすでに確定しているということになります。もしそうだとして、私たちは私たちの生にたいして価値を見出すことができるのでしょうか。

科学の追求はいつも倫理的な問題を浮き上がらせます。それに対してルイーズは、「その瞬間が愛おしい」という答えを出したのです。これはひとつの答えにすぎません。しかし映画を通して見ると、説得力のある答えでもあります。

伏線をはりめぐらせて終盤回収するつくりのわりには、細かい説明をしないので、どこかシーンを見逃してしまうとオチに気づかないかもしれません。難解な映画だとは思いませんが(作中のメッセージはシンプルなので)、不親切な映画ではあるかもしれません。しかしその仕掛けにより、物語の真実を自分自身で見つけたと感じる充実感はとても心地よいものです。

そういえばSF小説「星を継ぐもの」では、月面で発見された人間の遺骸(チャーリー)の研究を軸に展開されますが、序章と終章はこのチャーリーの主観の風景でつづられます。研究対象としてのチャーリー(客観)と思考と感情をもったチャーリー(主観)がサンドイッチされて、これもまた認識のひっくり返しがあり、とても刺激をうけた作品でした。

NHKナショナルジオグラフィックチャンネルなどのサイエンス番組を見ていると、こういう認識の倒錯を与えられることがあって、私はそういう瞬間がとても好きだし、そんな瞬間をたくさん見つけたいなとしみじみ思いました。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督はメキシコ国境の麻薬マフィアの捜査を描いた「ボーダーライン」の監督でもあり、この作品もとてもよかった。「ブレードランナー2049」も上映館が海を越えないとなく、まだ観ていないので、早くレンタル開始にならないかなあと楽しみにしています。

*1:"戦争で残されるのは寡婦だけ"と言っているらしい