日々帳

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ボルドー展 ―美と陶酔の都へ― @ 国立西洋美術館

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西洋美術館、夏の展示はボルドー展。

ワイン産地として知られるボルドーの歴史を美術をとおして追う。みたいなコンセプトを読んでいたのと、ポスターにも使われているドラクロワの「ライオン狩り」がかっこよかったのとで、行きたいなと思ってた展示会でした。

楽しみどころは人それぞれだと思うけど、個人的には歴史的な側面が面白かった。美術好きの人だと、後半のゴヤからドラクロワ、ルドンの流れが楽しめるかも。


美と陶酔の都へ

ボルドーの美の歴史をたどる展示のプロローグは、なんと旧石器時代から。洞窟壁画につかわれたであろうオーカー(黄色顔料の原料)片やパレット、シンメトリーに形を整えられた石斧など、古代の美のめざめを軸にした展示品がならびます。

ボルドーが月の港と呼ばれるのは、ガロンヌ河の湾曲にそって市街が栄えたためでした。ローマから伝えられたブドウ栽培で、ワイン造りは古くから行われていましたが、ボルドーの運命が大きく変わったのは12世紀、アキテーヌ女公アリエノールの二度目の結婚が、そのきっかけとなりました。

王太子ルイと結婚して、15歳でフランス王妃となったアリエノールでしたが、およそ15年後に離婚、そのわずか2ヶ月後、彼女が再婚したのが、11歳年下のアンジュー伯・ノルマンディー公アンリでした。彼がイングランド王を継承すると、アリエノールはイングランド王妃となります。

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ボルドー市と周辺部の地図 1754 年にサンタン氏とミライユ氏が作成し、パリでジャン・ラトレが版画化(1755年)
ボルドー市立公文書館

この結婚をきっかけにボルドーイングランド領となり、その交易をイングランドへと拡大することとなるのでした。中継交易の重要拠点となったボルドーですが、現在の姿がかたちづくられたのは18世紀のこと。パリに100年先んじて都市整備がなされ、新古典主義の建築が次々とたてられました。

都市計画にもとづく地図や広場の構想図、フリゲート艦の模型など、中世から近世ヨーロッパの資料は見ていてわくわくします。ネゴシアン(貿易商人)たちが住むシャルトロン河岸を描いた絵画作品は、当時の人々が描かれた活気ある街の風景に、あきずに眺めてしまう一枚でした。

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ピエール・ラクール(父)「ボルドーの港と河岸の眺め(シャルトロン河岸とバカラン河岸)」(1804‒06年)ボルドー美術館

ボルドーは、スペインにあるキリスト教巡礼地のひとつ、サンティアゴ・デ・コンポステーラ*1への巡礼路に位置し、フランスの人々にとっては、スペインの空気を感じる土地でもあったようです。

19世紀、スペイン宮廷画家フランシスコ・デ・ゴヤは、フェルナンド7世の自由主義者弾圧を避けて、フランスに亡命します。終焉の地となったボルドーで、彼が制作したリトグラフ作品も展示。ゴヤの存在は、のちに活躍するドラクロワオディロン・ルドンへと大きな影響を与えていきます。

幼少期をボルドーで過ごしたドラクロワが、フランス政府の依頼で描いた「ライオン狩り」は、パリ万博での展示ののちボルドー美術館へ送られました。この絵の上部は、火災により大きく損傷していますが、それも絵の凄みにしてしまう迫力があります。

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ウジェーヌ・ドラクロワ「ライオン狩り」(1854-55年)ボルドー美術館

その「ライオン狩り」を模写したルドンの作品も展示。ドラクロワのような、瞬間的な躍動感はありませんが、省略しながら形をとらえるようで、リズムを生む造形はルドンらしいような。それと同時に、失われたドラクロワの作品がどのような構図であったか、今に伝える貴重な資料となっています。

ルドンの作品は、ゴヤに捧げたリトグラフゴヤ賛」など、数点展示されていました。また、ルドンの師であるロドルフ・ブレスダンのリトグラフも。ブレスダンのいくつかの作品はとてもよかった。一見細密な風景画だけど、どことなく陰鬱な雰囲気と、細かな影になにか潜んでいそうな不気味さと。

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ロドルフ・ブレスダン「善きサマリア人」(1867年)国立西洋美術館

ゴヤドラクロワのグロテスクなリアリズムから、ブレスダン、ルドンの昏い幻想性へ。ロマン主義から象徴主義へとうつっていく絵画の主観性の系譜を、ボルドーという街を舞台にたどるようです。

個人的には露悪的な表現はあまり好みではないのですが、ゴヤからルドンのつながりは、どこか惹かれるものがあります。思わず目を背けたくなるものを、それでも見ずにいられない、そういう逃れなさを抱えて描いているように感じるからかもしれません。

動物画家つながりで、男装の動物画家ローザ・ボヌールの作品や彼女の肖像画も展示されています。ミレーが労働者たちを、そこにいるそのままに描いたように、ボヌールもまた動物たちの生きる姿そのものに美しさを見て、その生命感をとらえて描いたように感じました。

関連URL(とメモ的な戯言)

アリエノールの結婚

アリエノール・ダキテーヌ - Wikipedia
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前フランス王妃にしてイングランド王妃?キリスト教って離婚できたの?など、さらりと聞くだけでは疑問だらけだったアリエノールの二度の結婚。
アキテーヌ公領をはじめフランスのおよそ三分の一を持つ大領主の娘として生まれたアリエノール。アキテーヌ公の遺言により後見を託されたフランス王ルイ6世が、彼女を自分の息子とさっさと結婚させてしまったのが、ことの始まりだったよう。
夫のルイ7世とは性格が合わなかったアリエノールでしたが、夫婦の溝を深めたのは、彼女自身アキテーヌ軍を率いて夫とともに参加した第二回十字軍。失敗に終わったこの遠征ののち4年後に、近親婚だったことを理由に婚姻の無効が認められます。その後すぐアリエノールはアンリと結婚しているので、前夫との離婚は、おそらくアンリへの恋心も手伝ったのでしょう。
ヘンリ2世
とはいえ、ルイ7世の立場に立つと、けっこういたたまれない。

ゴヤのフランス亡命

一時はナポレオン率いるフランス軍を受け入れたスペインでしたが、フランス軍の傍若無人なふるまいは市民の蜂起を招きました。フランス軍が国内から撤退すると、スペインは君主制へと逆戻りします。近代化を期待していた親フランス派たちは失望し、また政府の弾圧から逃れるため、フランスへと亡命したのです。
…という複雑な歴史背景を知るにはもってこいの作品。
ハビエル・バルデムが前面に出たジャケットで、このゴヤは濃いなあ!と思ったら、なんとバルデムの役はスペイン異端審問官。しっくりくる。ゴヤは時代の目撃者という役どころ。ゴヤを演じたステラン・ステルスガルドも、ゴヤ肖像画を見るとそっくりでおどろく。ずしっとくる人間ドラマだけど、ところどころコミカルで面白かった。猫の目のように変わる19世紀初頭スペインの歴史をうまく描いています。

ローザ・ボヌールについて

http://nyniche.com/archives/821nyniche.com

生き様も当時を思えばすごいけど、動物画もとてもよい。小さくても、どこかで展示会やらないかなあ。