日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

前衛俳句のたのしみ

金子兜太さんの訃報を知った3日前、下書きのままで眠っていたブログ記事を思い出して、いまさら引っ張りだしてきた。10年ほど前に見た番組でもお爺さんという印象だったけれど、98歳、なるほど。喧々諤々の討論の中こぢんまり座っていながらも、ぽつりと出す指南が深かった。

あれからの晩年、金子さんが見た今という時代はどうだっただろう。読み返してそんなことを考えてしまった。追悼の意を込めて。

* * *

むかし書いてた記事が、レンタルサーバーの契約が終了してて、気がついたら消えてた! ので、その中から好きだったものを転載。たまに「あの句、誰のどんな句だっけ」と読み直したりしてたので。ちょっと編集・修正してあります。

日本ナンダコリャこれくしょん 「今度は俳句だ!」

美術にも「前衛」と呼ばれる、これまでの形式や価値観を破ろうとするものがあると思うのですが、 「前衛俳句」というものもあるのだと知りました。

NHKの深夜に再放送されていた「前衛俳句のたのしみ 日本ナンダコリャこれくしょん」は、そんな型破りな句を選者たちが推薦して、互いに議論するというもの。

推薦者のコメントに、それぞれが「いやこれはこうでしょ」とか「こういう見方もある」と意見を重ねて、最終的にポイントをつける。 ポイントが一番高い句を選んでいくのだけど、最高得点22点(一人3点×10人)をとったのは、 高橋源一郎さんとなぎら健壱さんの選んだ下記の句。

  • 露人ワシコフ 叫びて石榴 打ち落す
  • 戦争が 廊下の奥に 立ってゐた

番組の後半から見たので、露人ワシコフ~は、悲しいことにどういう句かまったくわからず...ナンジャコリャのままなのですが、繰り返し読むとなんだかすごい光景で、ざくろをたぶん棒で、食べるためではなく、叫びながら打ち落とすワシコフの形相が、鮮烈に脳裏に焼きつく句。

また、戦争が~は、なぎらさんの推薦コメントが、"廊下にひやりと忍び込む「戦争」の存在"という情景をぐっと立てて、高得点となりました。

ハードボイルドな句が高評価となりましたが、個人的には女性らしい感性の句も好きでした。

  • 噴水や 戦後の男 指やさし
  • 夏みかん 酸っぱし いまさら純潔など

『噴水』とは戦後にでてきたもので、公園にさあっと水しぶきをあげている噴水はまさしく平和そのものであり、戦後を象徴するもののひとつ。そこで「噴水=戦後=男指やさし」。戦前、男性といえば銃を持ち、プロパガンダ的だったのが、戦後、その手は女の腰にそっとまわるようになった。そのやさしさが身にしみるような気持ちを描いたのだろうと。

作者は病気もちでずっと病室に伏せていたとのこと。彼女が感じた「指やさし」は、男性のなにげない仕草だったのだろうけど、時代の変化を描く冷静さと、 「やさし」と表現した情感の部分とをあわせもっていて、深いなあと思った句です。

それに加えての情景の遷移。噴水、戦争、と遠景から入って、「男指やさし」と、肌に感じるほどの近景になる。言葉の動きは「=(イコール)」でさらりと流れるのだけど、最後の結びは肉感的で、胸に迫る。

夏みかん~」は南海キャンディーズしずちゃんが選んだ句。
作者の鈴木しづ子は、伝説の歌人と呼ばれた。米軍相手のキャバレーで働き、麻薬常用者でもあった彼女は、 歌壇からは批判されたが、若い人からはカリスマ的な支持を得たといいます。

この句を詠んだとき、彼女は妊娠をしていたのだそう。「夏みかん酸っぱし」はつわりの時期のことを暗にあらわしていたのですね。夏みかんの酸味に母になる予感を感じ、同時に不安を覚えたのでしょうか。「いまさら純潔など」とつぶやくとき、歩んできた道から見える風景の重みを感じさせるようです。

番外編的に、点数は低かったけど、けっこう好きだった句です。

  • ととととと ととととと脈 アマリリス
  • 栃木に いろいろ雨の たましいも いたり

「ととと~」は見解もさまざまに分かれた一句。

選者は確か箭内道彦さんだったと思うのだけど、前衛と呼ばれるだけあって、どれだけ突拍子もないものを作れるかという 競争みたいなものもあるのではないか、とのコメント。絵画でも「驚異のみが美しい」と言われた時期があった。そういうことを思い出しました。

でも、そのあとに假屋崎さんが「でもね、」と述べた見解で、句の見方がはっと変わりました。
マリリスという花は大輪の花で、色はさまざまだけど、概ね真っ赤な色のものを浮かべる人が多いと思うの。 アマリリスは生命の象徴なんじゃないかしら。「ととと」という軽快なリズムとアマリリスの赤で生命の勢いを現しているのでは、と。

いや、これは『アマリリス』の曲をただ文にしただけなんじゃないの?
で、どっど笑いが起こって議論は終わりになりましたが、目付役の金子兜太さんが、假屋崎さんの言ったことでほぼ当たりです、と言っていました。

「ととと」は脈の流れる音。それをじっと聞いている。で、アマリリス、とくる。ととと、の直線的な赤の印象、それが、脈という語でつながれ、「アマリリス」と、ばぁっと真紅に広がる。

調べると作者の中岡敏雄は病気がちな人で、脈を測る習慣と、アマリリスの生命力への羨望、という解説に出会いました。一見では分からない句なのだけど、意味をしっかりもってる。それに言葉のカメラワークがすごい。俳句ってときに構成美であるんだな、と驚かされました。

最後は「栃木に いろいろ雨のたましいもいたり」。
選者の大宮エリーさんは「栃木」が気になったようですが、金子さんは「栃木に全く意味はない」と言っていました。群馬や埼玉では、その土地名にイメージができてしまう。栃木ならイメージがないでしょ。だから「栃木」だったんだ、と。

そういう読みもすごいけど、「いろいろ」といってしまうざっくばらん感。
句を詠んだ阿部完市は栃木に行って詠んだわけではない。むしろイメージの限定されない言葉を使って、空想の世界を新たにつくる。そういうところに意味があったのかもしれません。

「いろいろ」と詳細をぼかして、雨が降っている。小雨の煙る中に遠く歴史のたましいか、自然ある土地のたましいかわからないけれど、濃密な気配がある。 その空気に身をしずめて見る、雨という森羅万象にたち現れる土地のいのち。そんな情景がうかぶ。

絵画やアートもすごいけど、俳句も本当にすごい! と感慨にふけりながら数日過ごせそうです。
出されたものを「すごい」と思うしかない芸術もあると思うのですが、なにこれと驚きつつ、時に笑い時に怒りながら意見を重ねて、最後に感動しているっていうものもあると思うのです。

アートって「わからない」といわれておわってしまうことが多いのですが、議論なくして「前衛的」なものの面白みってなかなかわかりにくいのかな、とも思いました。

普段の生活で美術討論なんか見たことないけれど、だからこそ、こういう番組がもっと増えるといいなと思いました。

追記

露人ワシコフ 叫びて石榴 打ち落す

最近気になって調べたところ、ちゃんと出てきました。

西東三鬼という人の句で、隣の家のロシアの男性が、ザクロを叩き落としているのを見たエピソードからできたらしく、事情を知ると、なにやら切なくなります。

なお、全ての句は下記のとおり。

一巡目
  • 福助のお辞儀は永遠に雪が降る  鳥居真理子
  • 唇は黒いマスクの下に惜しげもなくなくふる雪で必死の暮しも阻む冬はなほ更に思う 橋本夢道
  • じゃんけんで負けて蛍に生まれたの 池田澄子
  • 足のうら洗へば白くなる  尾崎放哉
  • 青蛙おのれもペンキぬりたてか  芥川龍之介
  • 露人ワシコフ叫びて石榴打ち落す  西東三鬼
  • 性格が八百屋お七シクラメン  京極杞陽
  • 粉屋が哭く山を駆けおりてきた俺に  金子兜太
  • 法医學・櫻・暗黒・父・自瀆   寺山修司
  • 夜のダ・カポ ダ・カポのダ・カポ 噴火のダ・カポ   高柳 重信
二巡目
  • とととととととととと脈アマリリス   中岡敏雄
  • ワタナベのジュースの素です雲の峰   三宅やよい
  • 噴水や戦後の男指やさし  寺田京
  • 戦争が廊下の奥に立ってゐた  渡辺白泉
  • 春は曙そろそろ帰ってくれないか  櫂美千子
  • まっすぐな道でさみしい  種田山頭火
  • 鞦韆〔ブランコ〕は漕ぐべし愛は奪ふべし  三橋鷹女
  • 栃木にいろいろ雨のたましいもいたり   阿部完市
  • 魔がさして糸瓜となりぬどうもどうも  正木ゆう子
  • 夏みかん酸っぱしいまさら純潔など  鈴木しづ子