日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

やんばるアートフェス @ 大宜味村旧塩屋小学校

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沖縄本島でアートフェスがひらかれるという報を聞いて楽しみにしていたのですが、なかなか休暇をゆっくりとれず、年明けようやく足をはこぶことができました。

大都市のアートイベントほど期待はせず、のんびりと見に行こう、と思っていたけれど、メイン会場の旧塩屋小学校の立地がとても良くて、展示作品からも考えさせられるものがあったり。行って良かったやんばるアートフェスでした。

塩屋小学校は塩屋湾に面した校舎で、辺りは石瓦に庭花の咲く民家の残る風景。くもり空なのと、宿のチェックインするのに早めに出ないといけなかったのと、ゆっくり写真についやせなかったのは残念です。

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工房 ori to ami:アダン葉帽/LEQUIO:MADE IN OCCUPIED JAPAN

小さな中庭を囲んだ校舎の一階では、焼き物や木工品、織物など、伝統工芸を引き継ぎつつ新しい表現をこころみるアーティストたちの作品を紹介。アダンの葉でつくった帽子や、米軍放出品のテントをつくったバックなど「ほしいな…」と思ったけど、さすがは一点物、きちんとしたお値段で、大量生産品になれた私には眺めるだけになってしまったのでした。

うつわなどのクラフトも目に楽しい。やんばるの木々を材につかうという「あさと木漆工房」の工芸品は、もくめの模様の美しい品々。「工房島変木」の花入れの、丸みのあるシルエットにもなごやかな気持ちにさせられます。

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あさと木漆工房:(花入)

「やちむん」とよばれて、独自のながれを持つ沖縄の陶器は、現代の作り手たちも色合いさまざまに華があります。素地の表情がほんのり伝わってくるような抑えた彩色のうつわ、マカロンみたいにカラフルな色が楽しい花入れ。陶器でつくったスピーカーまで!

いちばん「いいな」と思ったのは、おおらかな絵図と厚めの素地にあたたかみを感じる田村窯のうつわです。どんな料理をもりつけるか工夫する楽しみがありそう。

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田村窯:(マグカップ)/茜陶房:(花入)

さて、展示作品のなかで印象に強かったのは、「ドーナツとサーターアンダギーをあわせて完璧なお菓子をつくる」というアイデアをテーマに、沖縄のひとたちにインタビューする動画です。「ふうん」という感じで見始めて、いろいろ深く考えることとなりました。

穴の空いたドーナツに、ボール型のお菓子サーターアンダギー。フェンスのこちらとむこうでお菓子を揚げて、ドーナツの穴にサーターアンダギーをはめこむ。これって実現できると思いますか? 黙り込んでしまう人、いいね!ぜひやってよと言う人、反応はさまざま。

サーターアンダギーを揚げるのが上手というおばあさんの、「沖縄の人って大変ですね、と言われるのがつらい。だって、これはみんなの問題でしょ」という言葉を聞いて、違和感の正体に気づく。ドーナツとサーターアンダギーにはアメリカと沖縄しかなくて、国防として基地を必要としているはずの、日本人の意識がぜんぜんないから。

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KYUN-CHOME「完璧なドーナツをつくる(仮)」

内地から高江に引っ越してすぐヘリパッド建設の話が持ち上がり、地元の人と一緒に座り込みをしたという男性が「ユーモアがあっていいよね」と褒めたり、米兵の集うバーを経営していて、近所の人に陰口をたたかれたというお店のママが「他の人がどういうかしら、難しいんじゃない」と答えたり。立場も意見もほんとうにさまざま。

インタビューの最後は、海外から沖縄へと移り住んだ宣教師の男性。冒頭からすごく怒っていて「クリスチャンが大変なのは、神の心に従うのが難しいから。今のわたしのように」と話す。

「沖縄の人はみな優しい。心では怒っているけれど表面には出さない。私はほんとうは沖縄に来る必要はなかった、沖縄の人はすでに神様の心を持っているから」話すうちに彼の手のなかでドーナツは割れてしまって、「妥協が必要なんです。合わないものを無理やり合わせようとすると、どちらかが壊れてしまう。今のアメリカにそれができますか? わたしは難しいと思う」

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以前に見たダニエル・ロペス監督の映画でも、「沖縄の人はこれだけ大変なのに、明るさを失わない」と話していたことを思い出しました。外側からきた人だから言える言葉もあるのかな。

インタビューを受けた沖縄の人は、静かに「これは日本とアメリカの問題だからね」「みんなの問題でしょ」と話すけれど、宣教師のおじいさんが「私ならバカヤロウと言っている」と怒ってくれたことが私には嬉しかった。

複雑な思いをあとに、二階にあがると渡り廊下の向こうに翡翠色の湾が見えて、気分も一転してみほれてしまう。教室を覗けば窓枠が瓦屋根の風景を切り取って、屏風絵みたいに美しかった。

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グラビア雑誌をよく買っていた私にはなじみぶかい藤代冥砂さんの写真。藤代さん沖縄に移住してたんですね。

写真家の山内悠さんと、陶芸作家ポール・ロリマーさんのインスタレーションもよかった。薄暗い一室に木の写真が展示されていて、鳥のさえずりが流れている。くらすぎて写真が見えないけどいいのかなと思ったのですが、これはやんばるの森を再現しているのかも、と気づくと、この暗がりが深い木々の呼吸や水の気配にみちた空間に思えてくるから不思議です。

校舎奥の実技室では高木正勝さんの映像作品が展示。昔から高木さんの音楽が好きだったので、このために沖縄本島に飛ぶのを決めたといっても過言ではありません。しかし作品はなかなかシュールというかサイコというか。まるで胎児の頃の記憶を映像化したような。

大丈夫なのかしらと思っていると、暗い部屋にはいってきた男の子が「ここ、こわい」と言っていたので、「だよね」と思いました。

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山内悠(沖縄本島北部やんばる地域で撮影した作品)/高木正勝「YMENE」(itunes楽曲はアルバムYMENEより)

それでもなぜか三回繰り返してみてしまった。混沌とした前半から一転して、生まれる前の世界からぬけて出てくる、光のトンネルのシーンには不思議な感動がこみ上げてきます。

暗闇からこの世界にジャンプするとき、私たちの身体は光を知り、音を知る。その洪水にのみこまれる。地上には悲しみや苦しみも待ち受けているけれど、同時に身体的なよろこびをもたらせる。この世界の色、まばゆさ、音、その響きあい。

そんな余韻にひたりながら1階へもどって写真展示の教室へ。中学生たちがワークショップでとった写真もよかったし、仲程長治さんとダニエル・ロペスさんの抽象画のような風景の切り取り、久高将和さんのやんばるの自然、いろんな視点からの沖縄があってよかったです。

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田村ハーコ「百年の食卓」/垂見健吾(塩屋小学校さいごの一日)

機内雑誌「Coralway」のカメラマンでもある垂見健吾さんが撮った、塩屋小学校閉校の日の一枚は、胸にささるものを感じました。この土地によりそうということ。長らく故郷を離れていたわたしにはできなかったことだなあと、自分の島のことを考えたりした。

最後は体育館。おおきなヤドカリのオブジェがあって、カフェスペースがあるのですが、何よりおどろいたのがこの体育館のロケーションのすばらしいこと。おおきな窓から明るい光が差し込み、ガラス向こう一面に塩屋湾がひろがっています。ここで育ったこどもたちにとって、きっと大人になるにつれて、この風景が代え難いものになっていくんだろうな、などと考えて。

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名残おしい気持ちしかなかったのですが、そろそろ時間が気になってきたので、予定していた古宇利島はあきらめて、校庭にとまっているパーラーであたたかいカフェオレとクレープを買い、車の中でとりあえずの昼食にしました。

さて出発、と思ったところでお土産を買いそびれたことに気がついて、ふたたび車をおりる。なにせ展示は無料なので、少しはお金をおとしていかないと。ということで、やんばるスパイスと写真集を買って戻りました。

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朝にきたから車を停めれたようなもので、午後おそくの車は停める場所に困っていたみたい。ここは今回の難点かなあと思いながら、でもまた塩屋小学校でイベントがあったらぜひ足をのばしたいな。今度は晴れた日に、塩屋湾の風景をゆっくり楽しみたいと思いました。

 

関連情報

1/8(月)までと聞いていましたが、会期延長で1/21まで開催されるそうです。お近くの方はぜひ!