日々帳

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ユーリー・ノルシュテイン監督特集「アニメーションの神様、その美しき世界」

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渋谷のシアターイメージフォーラムで、アートアニメーション界の巨匠、ユーリー・ノルシュテイン監督特集「アニメーションの神様、その美しき世界」が上映されています。東京、大阪は12月から公開が始まっていて、そのほか2017年1月以降順次公開という感じだそうで。

旧ソ連出身のアニメ作家で、テーマには政治性もいくらか見えますが、代表作「霧の中のハリネズミ」、浮世絵・水墨画の表現をとりいれた「アオサギとツル」など、おとぎ話や寓話のような楽しい作品もあって、今回の上映では割合半々といったところでしょうか。

デビュー作「25日・最初の日」はロシア革命をテーマにした作品。キュビスムの手法を引用した不安げな都市を背景に、未来派的な造形の赤い群衆の影が、肥え太った支配階級たちへ押し寄せます。アヴァンギャルド・アートの映像に重なるのは、レーニンの演説「すべての権力を評議会(ソビエト)に!」民衆の怒りが、資本家、貴族、憲兵たちを打ち砕く!

うって変わって「ケルジェネツの戦い」は、ロシア聖像画の手法をもちいた厳粛な雰囲気の作品です。戦いの末、多くの人々が傷つき、戦争の悲惨さが伝わってきます。しかし戦がすぎれば農民たちは、次の日から変わらず畑を耕しはじめる。フレスコ画風の権力者が威厳を感じさせるだけに、戦争の犠牲になりながらも、淡々と農作業にいそしむ農民たちの姿が印象に残りました。

アオサギとツル」は、お互いに好意があるのだけどなかなか素直になれず、すれ違ってしまう二羽の鳥類をユーモラスに描いています。近景のボケ、中景、遠景のかすみ。墨で描いたような背景が美しい。一線の上を行き来するアオサギとツルのやりとりは、絵巻物を見るよう。

「霧の中のハリネズミ」はいちばん好きな作品。友だちのこぐまにラズベリーのジャムを持って会いに行くハリネズミは、その途中で霧の中に白い馬を見つけます。ーーあの馬が眠ると霧に溺れてしまうんじゃないかしら。つい白い馬に好奇心をそそられて霧の中にはいってしまうと、そこはまるで別世界。小さなハリネズミの目線で見た森の世界の新鮮な美しさ。モノクロの世界に藤色の星空。手元において何度でも繰り返し見たい作品です。

「話の話」は、断片的な物語が組み合わさっています。戦争という不条理、人生における喪失と回顧…人の世界の喜びや哀しみを、狼の子どもという愛らしいキャラクターを狂言回しに紡いでいく。映像詩のような作品で、ストーリーを追いかけるよりは、カラカラと回る走馬灯をぼうっと眺める感じ。けれどもそこにある感情の味わいは、一言にできないほどさまざまで深い。

どの作品も10分ほどの短編アニメです。「話の話」だけ29分ありますが。この話は監督にとっても特別な作品のようです。とてもよかったのでDVD売っていないかなと調べたら、amazonでめっちゃ高かった。うーん悩ましい。今回を機に再販されないかな。

プロパガンダモンタージュ

以下は、アニメにあまり関係ない映画技法の話です。

どれも60年代後半〜70年代に作られたアニメ作品です。ノルシュテインのもちいた、セルゲイ・エイゼンシュテインモンタージュ技法を調べていると、映像技法とプロパガンダ映画というつながりが浮かび上がってきて、すごく面白かった。

セルゲイ・エイゼンシュテイン戦艦ポチョムキン」(1925年)での"オデッサの階段"と呼ばれる虐殺シーンは、伝説的と言われているそうですが、実際にはこの事件は存在しないのだそう。ではありますが、wikipediaにある動画をふむふむ見ていると、気がついたら、非道なコサック兵ゆるさん、みたいな気持ちになります。

発砲するコサック兵/倒れる子ども/叫ぶ女性…それぞれ別の絵ですが、組み合わせることでストーリーが導かれます。モンタージュ技法には、この”エイゼンシュテインモンタージュ”と、もうひとつD・W・グリフィスが考案した、”グリフィス・モンタージュ”があります。

グリフィスはアメリカ初の長編映画「國民の創生」(1915年)を撮った人で、南北戦争前後の南部を舞台に、後編では、権利を手にした黒人が傍若無人にふるまい、耐えかねた白人が自警団を組み立ち向かうという内容になっており、映画のヒットでKKKが再興したとも言われています。

問題作「國民の創生」ですが、新しいことを沢山やりました。クロスカッティング、フラッシュバック、クローズアップ、パンニング…この大ヒットの次作「イントレランス」で”グリフィス・モンタージュ”が登場しますが、斬新過ぎて、作品自体は大コケだったようです。

前作と180度ちがって"非寛容さ"をテーマにした作品で、パブリックドメインのためWikipediaで見れます。テーマだけ見ると、こちらの方にヒットしてほしかったですね。

”グリフィス・モンタージュ”は役者に演技をさせながら、数台のカメラで撮って、あとからつなぎ合わせシーンをつくるという技法で、もっとも有名な作品が黒澤明七人の侍」(1954年)です。この作品がハリウッドに大きな影響をあたえ、スピルバーグ監督をはじめハリウッドでこの手法が取り入れられて、現在では標準の技法となったのでした。

セルゲイ・エイゼンシュテインモンタージュ技法を思いついたきっかけは日本語教師から漢字を習ったことにあるそうです。漢字は二つ以上のイメージの組み合わせです。「明」は「日」と「月」からできている、とかね。

ノルシュテインの作品にも、水墨画の表現が取り入れられていたり、松尾芭蕉連句のアニメがあったりします。漢字も水墨画もルーツは中国なので、アジアと大きくとっておきましょうか。自国のみならず、他の国々の文化からアイデアを引き出すところが素敵だなと思いました。縦の文化が横の文化の技法を取り入れる、というような、構造的な美しさがあるような気がします。

余談ですが、ノルシュテイン監督「ケルジェネツの戦い」の、戦いの後に農作業に戻っていく農民たちの姿には、「七人の侍」のラストシーンが重なりました。あの場面も解釈はいろいろとあるのですけど、ノルシュテイン監督の文脈で見ると、権力者と農民という対比なだけに、またちがった重みが感じられます。

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あと、私のchromeのテーマがなにげに「霧の中のハリネズミ」でした。これめっちゃお気に入り。白い馬も素敵でしょ。chromeのウェブストアで「hedgehog in the fog」「Ёжик в тумане」とかで探せば出てくると思います。


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