日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

さいたまトリエンナーレ @ 岩槻市 旧民俗文化センター

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大洗町へ出かけた帰りに、さいたまトリエンナーレへ行ってきました。埼玉のいくつかのエリアで開催中のイベントですが、ひとつに絞って岩槻市の旧民俗文化センターへ。作品がわりかし集まっている、というのと、目当ての作家がいたからです。

あまり"行った"という声を聞かないので、どうなのかなと思っていたところ。駅からは無料バスが出ていて、これでは来場者がお金を落とさないのでは、など余計な心配までしましたが、実際行ってみると、好きな作品もぽつぽつあり、日常を遠くした空間も良かったです。

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マテイ・アンドラシュ・ヴォグリンチッチ《無題(枕)》

野外にあるインスタレーション作品は、撮影もネタバレ言及もダメ、ということで感想だけ書きますと、この日は午後からの雨で、作品は鑑賞するだけと言われてしまい残念でした。でも雨上がりの夕方、空気は澄んで斜陽は美しく、とても幻想的な光景。これはこれで幸運だったかな。

建物内は一部作品をのぞいて、安心の撮影可。とはいえ全作品載せるのもネタバレ的なので、いくらか割愛しつつ感想を。

「車窓をあつめる」は通勤電車からの風景を切り取った写真の連作です。これはとても好きな感じ。誰のものでもない、誰かの風景。数日前、名画座で「秒速5センチメートル」を見たばかりだったので、電車に対する感性みたいなのが強くなっていたような気がします。

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大洲大作 《Commuter/通う人》《車窓をあつめる》

パーソナルな風景の中に電車がすごく大きな存在感をもっていること。ドアが開く/閉まる、風景が流れる/止まる。ささいな光景に感情を代弁する瞬間があること。電車はあるとき日常を刻み、あるときつなげる。心を語る機能として電車がある、という感じがおもしろかった。

小劇場のような部屋では映像作品の上映、タガログ語の歌詞に、爽やかでポップなメロディーで、音楽プロモーションビデオを見る感覚で楽しく鑑賞しました。私はこういうのにちょっと疎いので、J.L.って誰だろう、としばらく思っていたのが自分でもなさけない。

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小沢剛 《帰って来たJ.L.》

「世界はあれから平和になっただろうか? たとえそうでなくても、僕らは歌い続けるし、僕らが歌い続ける限り、彼は何度でもよみがえる」世界にはヒーローが必要で、ヒーローとは人々が願う限り、何度でもよみがえるものなのだ。

水にまつわるイメージの断片が、大きな円環状のスクリーンに映し出されるインスタレーションは、真っ暗な部屋でさまざまに景色を変える光の像に見惚れる時間。実際にはそこにはない水の気配に感じ入ります。とてもきれいな作品でした。

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ソ・ミンジョン《水がありました》

藤城光さんの《ボイジャー 2011》は、311で被災した土地の品々を、炭一色に塗った作品を展示。炭は放射能物質の飛散をふせぐ役割もあるといいます。

"あの日"、”あの場所”を経験した、誰かの思い出の品。まるで時をとめたように、炭に綴じ込められた品々と、その小さな空間で向き合う。忘れないということ、時々は思い出すということと。そういう対峙の時間のひとときの重みが、"あの日"を知る重みでもあるように思いました。

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藤城光《ボイジャー 2011》/多和田葉子《L字の部屋》

小説家でもある多和田葉子さんの言葉と空間のインスタレーション。《L字の部屋》というだけに、この部屋じたいが作品なのかな。殺風景な部屋に散らばる、壊れたラジオからの言葉や、壁に貼られた文章の切れ端。夕方の翳りと、白熱灯の穏やかな明るさが心地よい。

光を遮蔽した空間で横長のスクリーンに映るのは、タイの美術作家(映画監督でもある)アピチャッポン監督の新作作品。白壁に映る影に言葉を紡いでいきます。乱反射する光の中、風に揺れる木々の葉、憂いを感じさせる女性の影、眠りから覚める男性の影…

夢の中にいるような浮遊感が心地よくて美しいけれど、多分それはカムフラージュなんだろうな。影の世界でミシン党(だったかな?)に入る女性の、いっけんどうでもいいように見えることも、直接訴えることのできない状況におこる、代替行為なのだろう。

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*アピチャッポン監督の新作《Invisibility》は撮影不可でしたので、なんとなくそれっぽい写真を撮ってきました。

今春公開された映画「光りの墓」では、眠り病にかかった男性が出てきます。彼は現実の世界で眠り、夢の世界で目をさます。その営みを現実の世界から眺めたのが「光りの墓」でしたが、今回の作品は、彼らが目を覚ました"別の世界"を描いているように思いました。

表現への抑圧が強まっているタイで、政治的視座をはらんだ作品を作ることは大変困難なのだと思います。けれども人の心は想像し、表現することを決してやめない。抑えつけられれば、その魂は夢や影の世界で目をさます。

つい二回くり返して見てしまいましたが、アピチャッポン監督の作品の中ではけっこう直接的にメッセージにふれている気がして、珍しいなと思ったのでした。

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見終えて外に出るとすっかり夜。駅までは無料バスで戻ります。運転手のおじさんがすごく柔和な雰囲気の方で、あと会場のスタッフの人たちも丁寧な案内。アート作品の良し悪しもそうですけど、その街の人たちとのふれあいもまた、地域アートのひとつなんだなあと思いました。

アートを見に行くのにそこまで求めないですが、都内や大きな美術館を離れると、たまにこういう地域の雰囲気に出会うことがあって、得難いものにふれた気持ちになります。

なんだかこのままお金を使わないのも申し訳ないなと思って、駅のちかくのカフェで軽食をとって帰りました。(家にシチューの作り置きがあったのに!)ナポリタン美味しかったです。

さいたまトリエンナーレ2016
会期 2016年9月24日(土)~12月11日(日)[79日間]
※定休日=水曜(ただし11月23日(水・祝)は開場、翌11月24日(木)は閉場)
主な開催エリア
(1)与野本町駅~大宮駅周辺
(2)武蔵浦和駅中浦和駅周辺
(3)岩槻駅周辺
*会期中は、主要エリアのほか、市内各地で各種アートイベントを実施

関連URL

アピチャッポン監督の公式ページがあった!「光りの墓」のときは、夢の世界で王の兵士となって戦うことを「夢の中でも戦わされるの」と思ってしまったけれど、タイの人たちは王室への愛着が強いというので、眠り病の男性は夢の中で、搾取ではなく、自らの意思として戦っていたのかもしれないと思いました。

タイでは現政権に対して「広場に立って時計を見る」というパフォーマンスで抗議して、拘束された人たちもいました。そういったパフォーマンスのひとつが、映画ハンガー・ゲームの”二本指を掲げるサイン”、ということで最近ハンガー・ゲームを見たのですが、とてもおもしろかったです。くだんのシーンは一瞬だけですが、見ているテンションのもっとも盛り上がる場面でもありました。