満員御礼なのは東京都美術館いつものことですが、若冲展はそれでも行きたいなと思っていたところ、後輩に「チケット二枚あるので」とお誘いを受けて、混む前に行きましょう!と、開催二日目の戦場へと出かけてきました。(記事を数日ねかせる癖があるので、今頃投稿です。)
大げさに言ったけれど、実際には前々回のモネ展よりは見づらさはなかったです。というのも、今回、作品の説明パネルを取り払って、解説は音声ガイド機一本に集約したようで、そのぶん人の流れがいくらか良かったことと、大きな画面の作品が多かったので、最前列に入らなくてもわりと楽しめたから。
地下1階から2階まで3フロアある都美は、その地形を活かし三幕構成になっている印象がありますが、ゆるっと始まる序盤、目玉をもってくる中盤、玄人好みの終盤という流れが多い気がします。せっかく開館前に並んだのだから、何も展示順に見なくても、先にメインの動植綵絵から見れば良かったかな。
展示は京都・鹿苑寺(金閣寺)の障壁画ではじまります。若冲は彩色画の印象が強いのですが、水墨画は一転して洒脱。この障壁画は44歳のときに描かれた、まだ無名のころの作品だそうで、どことなく模索の時期という感じがあります。鶏と菊のものは、持って帰りたいくらい素敵でしたが。
若い時期にさまざまな作風をこころみていることに気がつく序盤の展示です。『隠元豆・玉蜀黍図』は輪郭線をつかわず描こうと、あれこれ工夫している。葉の重なりを白抜きにしたり、いんげん豆は外側をうすくぼかして描いたり。こういう工夫が筋目描きの技法につながっていったのでしょうか。
ほかにも、花鳥版画や拓版画「乗興舟」「玄圃瑤華」など、若冲の版画作品も展示。版画なのに細密な表現。絵となれば、水墨画も細密な彩色も、さらには版画も技巧の極みまでめざす、求道心旺盛な若冲です。
上階へあがると、若冲が相国寺に寄進したという「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」30幅が展示。現在は宮内庁が管理する「動植綵絵」、もとは33幅ですが、残りの3幅を「釈迦三尊像」に代えて、ひとつの空間に円状に展示しています。
ちょろちょろ展示されるだけかなと思ってたもので、どこを見渡しても「動植綵絵」というのは、なかなか圧倒されるものがありました。
絹地に描かれた「動植綵絵」ですが、裏地から彩色して、胡粉の白が映えるように工夫されています。写真で見ると少し沈んで見えますが、実物では緻密な白の表現が浮き上がって、しばし見とれて足がとまってしまいました。
魚や貝を描いたものもあって、さすが錦市場・卸問屋の主人だった若冲、変態性あるなあと思っていると、隣にいた後輩が、魚の種類をアユだなんだと当てっこを始めて、この子いったい。
その『蓮池遊魚図』、水中の魚と水上の蓮を一画面に描いていて、さらっと多視点描画法だなあと感服したり。
最後のフロアは、奇想の画家のイメージにふさわしい『象と鯨図屛風』『鳥獣花木図屏風』などが待ち構えています。若冲は鯨もゾウも見たことなかったに違いなく、それでもおそらくさまざまな資料を参考にしながら、イメージの中で未知の動物たちを描いたのでしょう。
『鳥獣花木図屏風』の持ち主、美術収集家のプライスさんの作品も、このフロアの終盤で展示。あらためて思ったのですが、プライスさんの収集品は保存の良いものが多い。このあたりになると混雑ぐあいもゆるやかになっていましたが、むしろここを本番で見るべきかもしれません。
「動植綵絵」の一点と同名の『紫陽花双鶏図』は、「動植綵絵」のほうも壮麗で良いのですが、プライス・コレクションのほうが横幅があるぶん余白もゆったりしていて、個人的にはこちらのほうが好きかも。
はじめて見た若冲の絵が水墨画だったので、正直なところ"奇想の画家"のイメージがピンときてなかったのですが、今回はその奇才ぶりをとくと見せられた若冲展でした。技巧についてのこだわりや、細部を執拗に描き込む癖。若冲と北斎と似ていて、線にしつこさがある。
野菜モチーフで涅槃図を描いた若冲を、ひそかに「お野菜マニエリスム」と呼んでいたのですが、若冲のもうひとつの特異なところは、内面性ゆえの誇張が、植物をふくめ、生き物たちの世界に展開されることだと思うのです。
たとえば『糸瓜群虫図』のヘチマは、いったいなぜというほどの胴の長さです。この絵の中には11匹の虫たちが描かれているのだそう。「動植綵絵」の花鳥ばかりでなく、魚だけ、貝だけの世界までも描いてしまう若冲。その極まるところが、やはり『鳥獣花木図屏風』なのでしょう。
過去の展示と重なる作品も多かったので、図録は買わなかったのですが、代わりに雑誌を買って帰りました。とくにプライスさんに焦点をあてて若冲を取り上げている本で、掛け軸・屏風絵は自然光で見なければとこだわるプライス宅の写真などあって、心惹かれたのでした。
プライスさんの若冲との出会いは、ニューヨークでたまたま入った東洋古美術店で『葡萄図』に見惚れてしまい、車の購入資金をあてて買ってしまったというもの。その東洋古美術商に引き合わせたのが、帝国ホテルの設計でも知られるフランク・ロイド・ライトであったそう。
日本美術の収集家でもあったライト氏との親交が前提にあったことを知って、なんとなく腑に落ちるものがありました。今回のガイド機のプライスさんの言葉にもあるように、日本美術の何が彼を惹きつけたのかというと、動植物など自然に対する姿勢なのだろうと思うのです。
自然をいかに合理的な秩序のもとにおくか試みてきた西洋の自然観は、建築分野でとくにはっきり見ることができるものと思いますが、東洋にあった文化には、自然を取り込み、取り込まれ、人の世界に向けるのと等しい眼差しで接している。
西洋由来の価値観からすると、その接し方は、ひとつ自然との和解であったのだろうと想像されます。そう考えると、若冲の奇妙なほどの野菜や魚や花鳥への親しみ、畏敬の念などが、プライスさんの心に響いたのも、ごく自然なことのように思えるのでした。
近くのスターバックスは大にぎわいだったので、少し歩いて上島珈琲店へ。 しばし歓談ののち、銀座の画材屋さんをひとめぐりしたいという後輩に案内されて、ぶらりと銀座散策しました。
がっつり見る展覧会を誰かと行くのは久しぶりでしたが、絵の上手い彼女は、構図とか筆の含む水の量とかを見ていて、さらに釣りが好きで魚にめっぽう詳しく、いつもとちがう視点ももらえて、新鮮な気持ちで楽しめた若冲展でした。
関連URL
糸瓜群虫図 | 作品紹介 | 伊藤若冲 - 若冲が生きた京都とその時代 | 京の文化芸術 Ito Jakuchu - Art & Culture of Kyoto, Japan