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日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

映画の感想 - キャロル/サウルの息子/不屈の男 アンブロークン

movie

キャロル

1950年代に発行され、レズビアン文学の名作として知られた小説「キャロル」(原題「The Price of Salt」)の作者が、ミステリー作家のパトリシア・ハイスミスだと判明したのは、初版から30年ほどの月日がたってからのことでした。

当初、出版社から拒否されたこの作品は、別の出版社から異なる名義で陽の目を見ることになり、その後絶版と再版、そして1990年にようやくハイスミス自身の名で出版となるのです。

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© NUMBER 9 FILMS (CAROL) LIMITED / CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION 2014 ALL RIGHTS RESERVED

物語は二人の女性が出会って恋に落ち…と、シンプルだけど、描き方がとても丁寧。一挙一動に細やかな心理が現れていて、長年愛されてきた物語にそぐうものにしようという思いが伝わるようです。

レストランで会話をしている女性ふたり。背後から名を呼ばれてハッと振り返るテレーズ。向かいに座っていたキャロルは、それを機に席を立つ。その彼女を仰いで見つめるテレーズ。その肩にキャロルはそっと手を置く。それから声をかけたテレーズの知人と握手を交わすーー

フレームには座ったままのテレーズの肩と、かたわらに立つ二人の手が映る。固定されたカメラに切り取られる一連の動き。背後から映される肩に、立ち去ろうとする愛しい人への悲痛の思いが滲む。それぞれの想いを丁寧に編み込んで、細やかな心理を描き出す絵づくりが印象的でした。

言葉を交わすごとに、キャロルに心を引き寄せられていくテレーズ。彼女じしん恋人がいて、キャロルには家族がある。ごく普通に生きてきた彼女の身の回りに溢れている、既成の"当たり前のこと"が、少しずつ剥がされていく。その恐れや、それでも惹かれていく心情が、静かな画面の中に描かれます。

テレーズがなぜキャロルに惹かれたのか、というのも、彼女の立ち振る舞いからひしひしと伝わってくるようでした。一言でいえば格好いいのですけど、乱暴を承知でいえば、キャロルという女性はアウトローなのだと思う。裕福な家庭を持ちながら、男性の付属品のような生き方に耐えきれない。

女性ひとり生きることは当時おそらく茨の道で、それでも抑圧から飛び出そうとする。道を外れてしか生きていけない、そんな弱さと強さをあわせ持ったキャロルを演じるケイト・ブランシェットの存在感たるや。

淀川長治さんはハイスミス原作「太陽がいっぱい」を同性愛を描いていると解説したのだそう。彼女が同性愛を告白する、ずっと以前の話です。カタツムリ観察が趣味だったハイスミスは、その生態をストーリーに取り入れているとか。TBSラジオ「たまむすび」では、その辺詳しくふれていて面白かった。

同性どうしの感情を恋愛というコードを外して描くことはできても、それは男性の物語としてでした。女性どうしの恋愛をごく普通のラブストーリーとして描くこと。女性の心情を主題にした物語を、自然に描いたところが、「キャロル」という物語が愛されつづける理由なのかもしれないと思いました。

ラジオの書き起こし。全文書き起こしてるので批判もあるサイトですが、淀川さんの解説動画もはったりしてたので、資料的に。

 

サウルの息子

アウシュビッツ収容所には、ユダヤ人を処理する特殊部隊(ゾンダーコマンド)が設けられ、ユダヤ人がその担い手となったといいます。物語は部隊に所属する男の、とある二日間を描く。

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© 2015 Laokoon Filmgroup

主人公を主軸にあたりの風景はぼんやりとぼやけ、話し声も遠くで反響するような独特な描き方。ガラスを隔てたような風景はどことなく美しくもあるけど、やはりそれは特殊な状況下にいて、周囲の風景や音を無意識に遠ざけている心の状態を表しているのだろうと思います。

引きの画面が少ないし会話も限定的なので、主人公のおかれた状況が明らかになってくると、そのひとつひとつに重みがある。人のものとは思えない世界で、誰もがごく普通に淡々と作業を続けていて。

次々に送り込まれるユダヤ人たちを処理しきれなくなっていき、ゾンダーコマンドの中でも反乱を企てようとする者たちが現れます。収容所自体がどんどん狂気に向かっていく。同時にそこにいるのは、どこまでも生身の人間でしかなくて。

ポスターを見かけた時点ではスルーしようと思ってた作品でした。アウシュビッツより、そろそろパレスチナとか、今起こっている問題を描く時期なんじゃない。でも対象が何であれ、ひとつの事件を通して社会を照らし見ることはできるかもしれない。アウシュビッツからパレスチナや、昨今の排他主義を見ることも。

ネメシュ・ラースロー監督は「 With A Little Patience」という短編映画を作っています。ちょっとした痛みに目をつむれば、日常は平穏に続いていく。無関心という自己防衛。けれどもそれが、ホロコーストという非人間的な行為を許してしまったのかもしれない。

平和や尊厳といったことを、どう描けば伝えられるのか。ただ口にするだけでは振り向かれない。主人公をアップでとらえるか、主人公の視点ショットで構成された画面は、見る人にその場にいるような、主観的な経験をさせるつくりになっています。

短編映画でやったことを、本格的に長編作品でがっつりやったのが「サウルの息子」という感じ。シリアスなテーマを、エンタメでもなく過激さでもなく見せる方法。感覚に焼きつく世界。私の目が見る世界。見せ方の工夫がアートっぽいなあと思って、もう絶対見に行こうと思ったのでした。

一度だけ主人公が笑うシーンがあるのですが、何の笑みかよく分からなかった。けれど数日たって、ふと実感として理解があって冷やりとした。人は不条理に抗ううちは希望が見えているのかもしれない。抗うのをやめたとき、それは不条理の運命を自分のものとして受け入れたということなのだろう。

SFJFF PresentsWith A Little Patience
2014/04/10 に公開
Director Laszlo Nemes keeps his camera fixed on the evocatively stoic face of a young female office clerk, capturing her every nuance as she scrupulously goes about her daily routine, which leads to a solemn revelation just outside the window, where a man is waiting for her.

https://www.youtube.com/watch?v=5g1FIkw9CYM:html

不屈の男 アンブロークン

昨年だったか少し話題になっていたのですが、ずいぶん時期も過ぎてからミニシアターでひっそり上映のもよう。せっせと映画館に通っている時期ということもあって、先ごろ見に行ってきました。

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© 2014 UNIVERSAL STUDIOS

イタリア系移民であることからいじめられては喧嘩し、親を困らせていたルイ。弟の俊足に気づいた兄ピートは、彼のランナーとしての才能を育てようとする。「自分から諦めるな」と励ます兄に、ルイの反発心はいつしか消え、努力を続けた結果、1936年ベルリンオリンピックに出場するまでとなった。
次の目標は東京オリンピックでのメダル。しかし1943年、太平洋戦争のさなか、彼は米陸軍航空部隊としてナウル島上空にいた。墜落から漂流し日本軍の捕虜となったルイは、東京の捕虜収容所に移送される。元オリンピック選手の捕虜に目をつけた渡辺伍長は、彼に理不尽な仕打ちを強いるのだった。

アンジェリーナ・ジョリー監督作品ということで注目もあって、完成度にはじゅうぶん達しているが目新しさはないなど、手抜きのない評価を向けられてましたが、私は面白かったです。

戦場を描いていますが、品のいい映画だなあと思った。まずFワードのたぐいが全く出てこない。漂流したり、捕虜になってからの辛酸をなめる日々も、丁寧に描かれてるけど過剰ではない。たぶんこの映画が、むごたらしさを描くことが目的ではないからだろうと思います。

前評判でも聞こえていたのが、渡辺伍長の人となりや主人公との関係性、その心理描写がきちんと描かれているということ。かなりの悪役なんだけど、アオリの映し方とか絵になるカットがちょくちょくあって、渡辺というキャラクターをきちんと描きたいんだろうなというのは、すごく伝わった。

渡辺の横暴は、名家の出身ながら収容所の指揮官程度におさまってる不満ゆえだろう、というのが捕虜たちの話。ルイの精神的な強さを見抜いた渡辺は、何かと因縁をつけるようになるのだけど、その屈折したふるまいに「それは、愛なのでは」と思ってしまう。

といっても、渡辺が一方的にワーワー言ってるだなんだけど。それでも二人それぞれに心の変化があって、コミュニケーションは成立してないけど、お互い影響しあう距離感が、表現的にストイックで、とてもよかったです。戦争がどうとか抜きに、もっと見られるといいなあと思う作品でもありました。

原作は米国の元オリンピック選手、ルイス・ザンペリーニの半生を描いた同名の伝記。嵐の海で「生きて帰れたら残りの人生を神に捧げる」と誓ったとおり、赦しを実践した人でもあったそう。その辺は、エンドクレジットの前にスライドで詳しく流れて、感極まるところ。

サブ主人公がちょっとインテリで繊細な優男なのは、たぶんジョリーの好みなんだろうな。一緒に漂流したフィルもそんなキャラだった。あと、敵国にいて戦争の行方を見守る複雑な心境をしばしばユーモラスに描いていて、ついくすっとなる。終戦を知るシーンの演出もよかったです。