日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

ウィーン美術史美術館所蔵 風景画の誕生 @ Bunkamura

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この時期、Bunkamura ル・シネマでは、ヴェルサイユ宮殿の造園家に焦点をあてた作品を上映していて、ザ・ミュージアム「風景画の誕生」展と、どうぞご一緒にといわんばかりの告知が飾られていました。風景と庭園…遠からず近からずかな、と鑑賞しましたが、見終わって、通して見るのもいいなと。

ヴェルサイユ宮殿の庭園は幾何学を取り入れた合理性のあるデザインで、自然を徹底的に管理するような、いわば人間に支配された景観でありました。絶対王政の時代を象徴するかのような、造園家ル・ノートルの秩序。そこに女性庭師を登場させ、自然あるがままの力を信ずる感性を向き合わせるのです。

「風景画の誕生」展と、映画「ヴェルサイユの宮廷庭師」にみる共通点とは、自然に対してヨーロッパがどうあろうとしたかという姿を、かいま見ることでもあるかもしれません。

風景画がジャンルとして確立するのは17世紀のオランダとされますが、それ以前の絵画にも、風景を描くことはありました。今回は風景画以前の作品に重きがあって、とくに北方ヨーロッパの作品が多かったでしょうか。しかしそこがまた面白く、イタリア・ローマのむこう側のヨーロッパを感じられる展示会でもありました。

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ネーデルラントの画家「東方三博士の礼拝」1520年頃

16世紀ネーデルランドの画家が描いた「東方三博士の礼拝」は、聖母子のもとへ集まる人々を描いています。画面右上には、塔の上に背を向けて遠くを見晴るかす二人の人物。風景を眺める楽しみを教えてくれるその姿は、遠い風景が、いつしか画面いっぱいに描かれる日の予兆であったかもしれません。

窓や塀のむこうに描かれるのみであった景色は、やがて物語の舞台を演出するためのものとなります。風景の中に見出された理想を描くことから、風景そのものを主題とするように転じていきますが、定型としての風景ではなく、森羅万象の個性ある風景として描かれるのは、17世紀のころでしょうか。

ファン・デ・ネール「月明かりの下の船のある川の風景」は、曇りがかる空を映す川面に、月の姿の冴え冴えと浮かぶ、夜の情緒をたたえた一枚です。そこには風景そのものの横顔があります。

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アールト・ファン・デル・ネール「月明かりの下の船のある川の風景」1665–70年頃

展示の中で面白かったのは、十二ヶ月を描く月暦画です。古くは古代オリエント天文学の運行図にさかのぼるそう。そこに農耕の暦が加わり、祭礼の暦が加わって、実用と信仰がひとつとなっています。現代から見ると異なるものですが、当時の人々には、切っても切り離せないものだったでしょう。

展示会中盤のひらけたエリアでは、ヴェネツィア派の画家レアンドロ・バッサーノの月暦画が数点展示されていました。月ごと丁寧に見て行くととても面白い。謝肉祭を描く2月、契約を終えて村へ帰る農民たちを描いた11月など、風俗的おもしろ味もさることがなら、画面の上に描かれる星座も見逃せません。とくに6月の蟹座がどう見てもザリガニなのは、もう少し詳しく事情を知りたいところです。

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レアンドロ・バッサーノ(通称)「5月」1580–85年頃

イタリアでは大きめの絵画で描かれた月暦画ですが、オランダやフランスでは時祷書が多く作られました。時祷書は、典礼用の祈祷書を平信徒のために編纂したもので、賛美歌、祈りの言葉のほか、挿絵を施した装飾写本です。

当初は王族・貴族以外に個人的に持つことは少なかったそうで、豪華な写本はときに所有者の宝物となったようです。その時祷書も展示されていました。大きな絵画のほうが目を引きますが、書物の中の細密画の世界も、一度目をとめると引き込まれます。

平面性や時系の異なる場面を一枚に収める表現は、浮世絵・屏風絵など日本の美術の特徴のようで、しかしヨーロッパにも確かにあったのだなあと。バッサーノの月暦画も、平面的なレイヤーを重ねて奥行きにしながら、乳を絞る者、チーズを作る者、牛追い、薔薇摘みと、説明的に画面を構成しています。

しかしその一方で、ルネサンス以降の科学的な自然のとらえ方が優勢になっていく。西洋絵画というと陰影法と遠近法を想像しがちですが、そうでないヨーロッパ美術の姿にも関心がひかれました。19世紀末には、陰影法と遠近法から自由になった表現が生まれてきます。しかし彼ら自身の文化の中に、その変革の力は潜んでいたのかも。

細部に美が展開する細密画や、月暦画の寓意的な平面性。ルネサンスの科学的なとらえ方とどこか異なる、ヨーロッパのもうひとつの自然観。風景画のおこりを追うのも興味深いところですが、月暦画と時祷書のエリアがとくに楽しかった、風景画の誕生展でした。