代官山に出る用事があったので、そのついでに小一時間ほど旧朝倉家住宅でのんびり過ごした。
駅から旧山手通りの交差点に出て歩道橋を渡ると、大正期の和風住宅、旧朝倉家の門が姿を現します。
庭園の緑が都会のにぎわいを遠くにして、しんと静まった感じが好きで、二年ぶり二度目の来訪。
前きたときは冬だったので、あまり庭園を楽しめなかったですが、やはり緑のきれいな初夏か、紅葉のころが良さそう。窓を開け放っているものの、じっとりと暑い日本の家屋でした。
二階にあがると広間を囲む廊下に、庭からの明るい日差しが注ぎ込む。階段をのぼりきって、ちいさな採光窓があるだけの仄暗い空間から、南側の廊下へ出たときの光の印象のちがいに、はっと息をのむ。
襖のしつらえも目に楽しい。季節ごとのモチーフでまとめているのかな。二階の広間は春のよそおい。白の牡丹桜に銀の山桜、はかなげに描かれるのはしだれ桜と、桜づくしの襖絵です。
黒ずんだ桜は、たぶんおそらく、銀の変色したもの。牡丹桜の目の覚める白とは異なる、闇にとけかかる薄い花びらの、月下につやめく桜でしょうか。今は想像することしかできないけれど、襖の前に座ってみて、少しずつちがう桜の色のにぎわいを思うのも、また楽しい。
旧朝倉家でいちばん好きな場所が、杉の間と呼ばれる応接室です。茶室の手前にあって、親しい来客を応接する部屋だったとのこと。角・奥・表の三間ありますが、縁側に接した表がとくに心地いい。
この部屋は縁側に出るよりも、部屋の中央よりすこし引いたところで、薄暗い中からさざめく緑を見るのがよい。障子を開いたむこうは、低い土地にある庭園の木々の葉が目線の高さにそよいで、この空間だけ、まるで緑のなかに浮いているような錯覚におちいります。
南西に面したこの部屋は、庭園から中庭へ抜ける風もあって、とても気持ちの良い場所。そのため、畳の上でぼんやり座っていると、あとからやってきた他の来館者たちもなんとなくくつろいだりして、どうやら感じることは皆同じようです。
小津安二郎監督の作品には、日本の家屋の家族の気配がつつぬけに伝わる雰囲気がうまく描かれている、と誰か言っていたけれど、そういうことをじんわり考えたりした。廊下を歩くときしむ床の音や、玄関あたりのひとの声。格子の窓の向こうには木々のゆれる影。ガラス戸に映る季節の表情。
静まった部屋に座っていると、家全体のささやきを聴くような気持ちになる。庭からの木々のさざめき、湿度に呼吸する木材の音、窓から差し込む光さえも、気配となって音をたてるよう。
季節ごとの気温や光をそのままに、そのときどきの自然を取り込んでいる。そんな自然の厳しさをある程度受け入れる中から、季節への感性って生まれてくるのかな、と思った。
帰りは音楽を聴いて帰りました。よい週末でした。