日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

映画の感想 - 野火、日本のいちばん長い日

野火

DVD化しないらしいと聞いて、会員の日にしか映画館に行かないルールをやぶって、週末に渋谷へ行ってきた。見てみて、いやこれDVD化しないとダメでしょ! 劇場行けない人だっているんですよ!と、たくさんの人に見てほしいと思ってしまう作品でした。(DVD化は決まってないだけみたい)

これもう奇跡みたいな出来だなと思って。奇跡って言葉が情緒的すぎるなら、言い換えると、ロジックではたどり着けない境地だなって。

エンドロールで、塚本監督の名前が「脚本/撮影/監督」って出てくるのを眺めて、全部ひとりでやってるの? と後から調べてみたら、作品じたい低予算の製作で、プロデューサー業から脚本、監督、役者までひとり数役こなしている。そりゃもう鬼が宿ったような仕上がりになるわけですよ。

作品はもちろん戦争を繰り返してはいけないという思いでつくられているのだけど、平和がいちばんと言って終わりにできないものがある。劇中に描かれるのは初めから終わりまで狂気しかない。でも、いま私たちの生きる平和が、その狂気といったいどれほど隔たれているというのだろう。

ここまで描くかという映像だったり、役者たちの演技だったり、演出上の工夫がそうさせているのだと思うけれど、平和と狂気が地続きなのだということを、ひしと感じさせる。若年兵の永松が最後に主人公へと叫ぶ言葉は、そのまま私たちへと向けられている。

劇場を出ると、うだるような暑さとにぎやかな街に、狂気と薄皮一枚へだてただけの正常を思って、喧騒が肌にひりつくような駅までの帰り道でした。


日本のいちばん長い日

ポツダム宣言受諾が決まったその日、無条件降伏を受け入れられない青年将校たちに、クーデターの計画がもちあがります。かくして始まった日本のいちばん長い一日。昭和版は名作のうちに入ると思いますが、平成版「日本のいちばん長い日」の製作の報を聞いて、気にはなっていたのでした。

本作はリメイクではなく、別の作品であるとの触れ込みどおり、話じたい大きく異なります。はっきり違うのは、昭和版が聖断がくだされた14日正午から、玉音放送の流れる翌日正午までの一日を描く一方、平成版では鈴木貫太郎が総理大臣に任命される4月7日より始まっています。

平成版では阿南陸相の入閣や家族とのひとときにもふれ、人物の細部をよりじっくり描いたといえそうです。おかげでどことなくほのぼのしたムードを感じさせたりもします。

よりクローズアップして描いているのが、阿南陸相、そしてクーデター首謀者の畑中少佐です。彼らが象徴するものは、終戦の日のその先に行けなかった、戦時のすべてを背負う悲劇性だと思うのです。

鈴木首相や昭和天皇といった、現代の善の文脈にかなう発言をもたせている、いわゆるバランサーの存在も作中にはありますが、しかしその悲劇性と善の文脈は互いに戦わないので、ストーリーのコントラストがぼやけて感じるのも、おしいところです。

ところで阿南惟幾のもつ悲劇性というのは、旧作でもひときわ印象づよく描かれています。明日には散らせる命と覚悟を決めていた陸軍将校たちは、日本の降伏を知っても気持ちのおさまりがつかない。

彼らの無念の思いは、現代の文脈では否定されるものですが、しかし実際にはこの国の深くに、傷としてはっきり刻まれているのではないか。昭和版では、その傷を正面から描きながら、それでもそうであってならぬと立ち止まらせるものが、阿南陸相の決意に委ねられているように思いました。

本作では、閣僚たちが実際に発言したとされるセリフが出てきます。鈴木首相の「私はそれほど悲観しておりません」という言葉を受け、「日本はかならず復興するでしょう」と答えた阿南陸相。彼は、次世代に託した平和を、あとは祈るように信じたのだと思うのです。

映画|NHK BSオンライン
「日本のいちばん長い日」
BSプレミアム8月15日(土)午後1:30〜4:09
太平洋戦争終結の日、天皇陛下玉音放送に至るまでの緊迫の24時間を克明に描く戦争秘話。

http://www.nhk.or.jp/bs/t_cinema/?mo1508151


8.15玉音放送を死守せよ

関連して。これは映画ではなくて、CSチャンネルで見たドキュメンタリー。もとはTBSの番組を、いまはヒストリーチャンネルでたまに再放送してる。

このドキュメンタリーを見て、日本の歴史にこんな一幕があったのかと驚いて、さっそく知人に話したところ、「日本のいちばん長い日」を紹介されたのでした。映画のほうは閣僚や青年将校たちの心情によっていますが、こちらでは玉音放送を守る側だったNHK職員の男性を取材していて、映画とは違う視点でとらえた「あの日」を追います。

映画「日本のいちばん長い日」や、この番組があつかうのは、宮城事件という陸軍将校たちのクーデター未遂事件。御前会議によってポツダム宣言の受諾が決断されますが、それをうけ終戦を国民に広く知らせるために、昭和天皇詔書朗読が録音され、翌日正午に玉音放送を流すこととなります。

陸軍将校たちはこれを阻止しようと、宮中を占拠し玉音盤を捜索、また放送会館へと赴くと、玉音盤ではなく決起の声明を流すよう迫るのです。取材に応じた柳澤さんは、このとき内幸町の放送会館にいた職員、何としても玉音盤を流さなければならない立場でした。

当時戦争を称揚したことも含めて、ジャーナリズムと戦争ということを考える作品でもありました。玉音放送にしても、ひとたび流れれば日本という国を決定的に変えてしまう。そういう力を「放送」は持っていて、そこをめぐって阻止しようとする側、死守する側との攻防が起こったのでした。

ジャーナリズムがもつ力で、戦争に対しどうしてきたのか、これからどうしていくべきなのか。かつての放送局職員は、その問いをひとり抱えて生きているようにも見えて、いろいろ感じさせられました。玉音放送の裏でおこった事件に興味ひかれたら、こちらもぜひおすすめな番組です。

ヒストリーチャンネル
8.15玉音放送を死守せよ~異なる目的のために 命をかけた2人~
60年前、内幸町の日本放送協会に2人の男がいた。玉音放送を死守した男・柳澤恭雄NHK報道副部長(当時35)と、玉音放送を奪取しにいった男・小田敏生近衛連隊歩兵師団中隊長(当時26)である。
2015/08/15(土)12:00
2015/08/22(土)16:30

http://www.historychannel.co.jp/detail.php?p_id=00200


関連情報


ゲームデザイナー小島秀夫監督と塚本晋也監督が語る映画『野火』特集 ニコニコ生放送・ノーカット版 - YouTube

昭和天皇のご聖断と鈴木貫太郎総理
陸相は御前会議の朝、余のところへ来られて、シガーを一箱差し出され、「これは到来物ですが、私は喫みませんから、閣下に喫っていただきたいと思って持って来ました」と余に贈ってくれたのであるが、その時から、すでに深く期するとごろがあったのではないかと思われるのである。
http://ktymtskz.my.coocan.jp/cabinet/suzuki.htm#7

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150811/k10010186761000.html