日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

浮世絵の戦争画 @ 太田記念美術館

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浮世絵の専門美術館、太田記念美術館では、6月7月と、「江戸の悪」「浮世絵の戦争画」と、ダークな題材を取り上げていまして、テーマも興味深いものでありながら、幕末から明治にかけて活躍した月岡芳年の作品が多く展示されていたことにも、個人的に惹かれるものがありました。

どちらも一ヶ月ほどの会期で、行かなきゃと思っているうちに終わってしまい、終了間際になんとか見ることができたのは「浮世絵の戦争画」だけ。それがけっこう面白かったので、ちょこっとメモ。

浮世絵で見る戦争

まずは河鍋暁斎月岡芳年小林清親らの戦争絵を冒頭に、初っぱなから引き込まれるラインナップです。そののちには、時間軸を巻き戻して、江戸時代の戦争絵を展示。江戸の頃には、源平合戦や戦国時代のいくさを主題にした、どちらかというと「物語絵」というおもむきのものがほとんど。

19世紀半ばに、薩英戦争、ついで四国連合艦隊の下関砲撃など、日本をゆるがす事件が立て続けに起きますが、幕府はこれらの事件を描くことを取り締まったのだそうで、幕末の絵師たちはその代わりに、いにしえの戦を主題にとりながら、その実、外国の勢力に揺れ動く日本の姿を描きました。

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歌川貞秀「大内合戦之図」(日本城郭協会提供)嘉永三年 *Category:Utagawa Sadahide - Wikimedia Commons

歌川貞秀「大内合戦之図」は、室町時代におこった戦を描いていますが、炎につつまれた城の姿を江戸城に似せているのではないかと噂がたって、回収が命じられました。*1

戦争画というと、当時の体制を批判したのか称賛したのか、その姿勢を見ようとしてしまうのですが、この時代の作品は、そのどちらで語るのも違うように感じました。

現に起こっていることによる動揺を広げまいとする幕府と、しかしそれでも人伝いに広められるうわさ話に、動乱の時代を描きとめようと筆をとる。それは時代の目撃者であろうとした、どこかジャーナリスティックなものを感じさせるのです。

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月岡芳年「東叡山文珠樓焼討之図 慶応戊辰五月十五日」(明治7年)太田記念美術館蔵 *Museum of Fine Arts, Boston

今回展示数の多かった月岡芳年は、おもに明治期に西南戦争戊辰戦争の浮世絵を描きました。
「魁題百撰相 駒木根八兵衛」では、島原の乱で活躍した鉄砲の達人を描きながらも、その出で立ちは戊辰戦争彰義隊のもの。しかしやがて、古典にかこつけずストレートに描く作品もでてきます。

球磨川をへだてての砲撃となった官軍に対し、半裸になって水をくぐって陣中へと斬り込む薩軍兵を描いた「鹿児島征討内 隈川官軍賊軍戦 」では、薩軍の兵士たちの決死の覚悟が伝わってくるようです。賊軍とは書かれていても、見るものの心は、半裸で斬り込む男たちの方へ感情移入してしまいます。

一方、野津少将と桐野利秋の一騎討ちを描いた「鹿児島両勇一騎討之図 」では、タイトルの通り、両者は対等に描かれています。官軍か薩軍かという背景をリセットして、一個の人間として互いに対峙する戦いの一コマです。月岡芳年は、こういった劇的な画面づくりが巧いなあと感心しきりでした。

ジャーナリスティックな面とは反対に、娯楽としてあった浮世絵を継いでもいる芳年の戦争絵です。

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小林清親「精鋭我軍占領台湾膨湖嶋之図」(明治27年太田記念美術館蔵 *Kobayashi Kiyochika - Ukiyo-e Search

その芳年と同じだけ展示数の多かったのが、光の描写が印象的な小林清親の作品。戦争絵と見るには枠をせばめてしまうようでもったいない、詩情ある作品が並びます。「精鋭我軍占領台湾膨湖嶋之図」では、逃げる人影は山の麓におぼろげですが、炎に明るむ湖面には、鮮明にその姿が映っています。

小林清親日清戦争の戦争錦絵を多く描きました。この頃には、古典に似せて描くものではなくなり、タイトルも威勢のいいものがつけられています。描けば売れた戦争絵というジャンルが、光と影の演出や詩情ある風景など、清親の工夫ある作画の、実践の場となったのでしょう。

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芳年も清親も現地へ赴いて描いたわけではありません。人づての噂で、虚々実々おりまぜて、ドラマティックに、ときに詩情豊かに、戦争を描きました。

日露戦争では、洋画が浮世絵に代わってその役割を担うことになります。戦争絵がブームとなった日清戦争で、同時に浮世絵も、長い歴史をとじるがごとく最後の輝きを放ったのでした。

関連URL

図録が売ってなかったので、泣く泣く出展リストだけ頂戴して帰り、あとから作品検索したところ、こんなサイトが。jQueryの開発者であるジョン・レシグ氏と浮世絵愛好家たちでつくったサービスらし。

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*1:浮世絵文献資料館:大内合戦之図 浮世絵事典・お