日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

印象派の故郷 ノルマンディー展 近代風景画の始まり @ 山梨県立美術館

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山梨県立美術館は、ずっと前から行きたいなと思っていた美術館でした。

少し前までやっていた「夜の画家たち 蝋燭の光とテネブリズム」展も気になっていたのですが、つい行けずじまいで。「ノルマンディー展」は去年に東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館で開催されてた企画。当時ぼんやりスルーしてたので、追っかけのかたちで行ってきました。

http://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/exhibition/2015/06/post-4.html

印象主義の揺籃の地となったノルマンディー地方ターナーなどロマン主義の風景画、ブーダンら外光派の画家を追いながら、近代風景画のおこりを見ていく—と、前半はその期待どおりで嬉しい構成ですが、後半その後の絵画の展開にさしかかり、それが予想外におもしろかったです。

東京、広島、熊本での展示は終了していて、山梨県立美術館で8月までの開催です。

近代風景画の始まり

フランス北西部ノルマンディー地方は、19世紀に英国からの定期連絡船がつながったこと、パリからの列車が開通したことなどで往来がふえ、人気の保養地となります。美しい水辺や町並み、古い修道院は「絵になる風景(ピクチャレスク)」として、英仏の画家たちに好まれました。

産業革命のさなかイギリスでは、裕福層を中心に異文化への関心が高まり、大陸をめぐる旅が流行します。ピクチャレスクの美学がおこってきたのは、ちょうどこの頃。スイス・イタリアへもおもむいて風景画を描いたターナーの作品(リトグラフを展示)は、その流行に一役を買ったと言えそうです。

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ウジェーヌ・イザベイ「サン=ワンドリル修道院の列柱廊」(1825-30頃)ブザンソン美術考古博物館

ピクチャレスクの説明に、廃墟の美というのはちょうど良いように思います。そこにある物語性さえも絵的に見ようとする。こうしたイギリスでの動きは、フランスの画家たちにも影響を与えたのでした。

フランスの風景画家、ウジェーヌ・イザベイもそうしたひとり。ロマン主義的風景画の情緒を感じさせる港の作品は、大気と光を描くようで、とくに目をひく一枚です。

写真を撮る人は、こういう絵を見ると楽しいんじゃないかなとふと。こうシャープで黒が強い感じだと、絞り値は抑えて、シャッタースピードを長めにとらないと。ああそしたら三脚は必要かな。とか。

そうして見えてくる矛盾が、画家ならではの意匠だったり。レンブラントの被写体深度の浅い画面のように、デッサン力とは異なる、光をとらえる感性というものもあるように思います。

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ウジェーヌ・イザベイ「トゥルーヴィルのレ・ゼコーレ」(1839年)トゥルーヴィル、ヴィラ・モンテベロ美術館

ノルマンディー地方の浜辺や廃墟の修道院、画家たちが集った牧場宿など、スポット巡りみたいな楽しさもありました。サン=シメオン農場は、コロー、クールベブーダンらが集まって絵の制作にはげんだ場所。自然とできた画家たちのコロニーで、近代風景画が育まれていきました。

花の海岸と呼ばれた海岸沿いは、多くの上流階級を呼び寄せました。浜辺で余暇を楽しむ人々を描いた作品はよく売れたため、クールベブーダンは、しばしば彼らを描いたのだそう。クールベなどは相手が富裕層なのをいいことに、ずいぶん高値で作品を売っていたのだとか。

ノルマンディーの浜辺は画家たちとパトロンの交流の場でもあったのでした。

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アレクサンドル・デュブール「りんごの木の下で酒を飲む人たち」ル・アーヴルアンドレ・マルロー美術館
ルイ・ムーラン「トゥルーヴィルでの海水浴」(1865年)トゥルーヴィル、ヴィラ・モンテベロ美術館

海辺の空気と光の表情を堪能した後は、フォーヴィズムへとつながる流れにふれていきます。

ヴァロットンも、ノルマンディーを好んで訪れた画家のひとり。ナビ派の画家は、さぞかし色彩の美しい作品を描いたのだろうと期待してたら、あんがい地味な風景画。けれどもしばらく眺めていると、いったい自分がどの視点に立って景色を眺めているのかと、不思議になります。

遠くに見える町と右側の木は、垂直と水平の構図となっていますが、上へと大きく伸びる枝は、ずいぶん高く、いびつに交差しています。ちょうどそれは、頭上を見上げた時に、木々の枝が覆いかぶさるのを眺めるようです。左手の茂みも奇妙に引き伸ばされていて、足元の木陰は少し湾曲しています。

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フェリックス・ヴァロットン「オンフルールの眺め、夏の朝」(1912年)ボーヴェ、オワーズ美術館

この視線の持ち主は、前方の町を眺めつつも、右手側へと意識を向け、さらに空を仰いだのではないでしょうか。この複数の視点をひとつの画面におさめる工夫は、すでに「ボール」(1899年 オルセー美術館)という作品で、ヴァロットン自身によって試みられています。

すでにブラックやピカソによって、より明快に取り入れられていた多視点描画ですが、一見何のこともない風景画に引用するのは、ヴァロットンらしさのように思えてしまいます。

等身大ほどの画面に描かれるこの風景画の奇妙な感じには、絵の前に立たないと気づけなかったのではと思い、今回足をのばしてよかったなあと思ったことのひとつでした。

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ラウル・デュフィ「サン=タドレスの丘からの眺め、夕日」ナンシー美術館

展示の最後は、ノルマンディー地方ル・アーヴルに生まれたラウル・デュフィ。彼の作品も、絵を前にしなければ、おっヘタウマかな? と思うだけだっただろうという気がするのですが、絵に向き合うと、画面に満ちる青に、踊るような明るい色彩。音楽が流れこんでくるようで、はっとさせられます。

絵画からはっきり音楽を感じるのは、パウル・クレーもそうだと思うのですが、デュフィもクレーと同じように、音楽一家に育ち、音楽を主題にした作品を多く描いているようです。

色彩の魔術師とも呼ばれるデュフィは、その実「色彩のための色彩」という考えに賛同していなかったのだそうです。むしろキュビズムへの試みなど、造形に対する関心を示す作品も展示されていました。

彼が影響を受けたマティスも、造形や色彩をリズムの表現としてもちいたのではないかと思います。デュフィにとっても、色彩も造形とひとしく、音楽たる絵画をつくりあげる要素のひとつだったのではないでしょうか。

軽やかな線は、今まさに流れゆく旋律、色彩は音の響きです。クレーの硬質な音楽とは少しちがう、軽快なメロディーが流れてくるようです。

ノルマンディーの水辺の美しい風景を楽しむはずが、思わぬよい出会いがあって、遠かったけれど、行ってよかったと思える美術展でした。