日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

シンプルなかたち展 @ 森美術館

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森美術館が遅くまでやっているのは知っていましたが、22:00までとは。仕事おわりに寄りましたが、終了間際の金曜の夜、思ったより人は多め。海外の人とカップルがほとんどでしたよ。

造形の美という点はおなじですが、銀座エルメスの「線を聴く」展とはまたちがった軸のラインナップです。シンプルな造形から、私たちが何を見出そうとしてきたのか、思索をめぐらせながらゆるりと。

数学や機械工学、自然科学への理解と関心から、機能美への視点がうまれてきた19世紀。ひとびとは自然があらかじめもつフォルムからひらめきを受け、あるいは機械の部品に機能美を見ました。シンプルなかたちへの感応は、自然や機械だけでなく、数学、考古学といった分野にも見出されていきます。

仙厓は悟りをひらいたことを表現するのに、丸い円をひとつ描きました。観念のものを図様化する発想は、抽象絵画そのものですが、江戸時代中期にすでにここまで完璧な抽象画が存在してたなんて。

円空の木彫りの仏像も。現代アートかなと思ってびっくり。キャプションには、依頼が多くて急いで彫ったためだろうみたいなことが書かれてあったけれど、本当かな。荒削りながら形をとる。印象派の、かたちをざっくりとって動きの予感を残す、あの感じにどことなく似ています。

デュシャンに「絵画は終わった、このプロペラに勝てるものを誰がつくれるか」と言わしめた、航空機のプロペラ。その造形には、動き出そうとするエネルギーや、これ以上にないという切り詰めた合理性が宿っています。

シンプルなかたちに惹きつけられるのはなぜか。そこになぜ美が宿ると思わされるのか。その答えは、李禹煥さんのことばにある気がしました。

最小限の表現で、無限を感じさせる——余計なものをそぎおとすことで、表現は普遍性をもっていきます。数式に普遍的な美を見るのにも、同様の意識があるのではないでしょうか。無限につながる鍵を見つけるために、普遍的な定理をもとめる、というような。

いろいろ見た中でいちばん好きだったのは、グザヴィエ・ヴェイヤン「光線」でした。線をならべることで面があらわれ、湾曲した面は空間をかたちづくる。よく周りを見てみれば、他のひとたちもみんな、オブジェを見ているようで、じつはオブジェのかたちづくる空間を見ている。

たとえば、ブランクーシの「空間の鳥」は、金属の塊が天にむかってすっと伸び、それがあることによって、意識がそこに引き寄せられていく。P.ドラッカー水墨画について「仕切ることで空間をデザインする」と述べたように、空っぽの空間に線をひとつひくことで、空間がすっと引き締まる。

大巻伸嗣のインスタレーション「リミナル・エアー スペース-タイム」は、「空間をつくる」から一歩進んで、形づくられた空間がやがて崩れていく、有機的な空間のありかたを見せられるようで、しみじみと鑑賞しました。夜景を窓向こうに浮遊する薄布に、たくさんの人が足をとめて見入っていました。

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大巻伸嗣「リミナル・エアー スペース-タイム」

美術館は22:00までですが、スカイビュー展望台は25:00まで。ついでだからと足を向けましたが、案外ひとりぼんやり夜景をながめるサラリーマンなどちらほら。雨がガラスを滝のようにながれて、その向こうにみる夜景もなかなかいいものでした。

美術館をあとにして駅にむかっていると、路面のライトが雨をうけて、その熱で雨の蒸発するのを見つけました。雨と光と水蒸気。自然のインスタレーションやな! とかがんで撮影。道行くひとが不思議そうに振り返ってました。こんな金曜の夜もいいなと思った夜間展示でした。

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