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日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

ドラッカー・コレクション 珠玉の水墨画 | 千葉美術館

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これね。すごい良かった。

ドラッカーについてさほど知識があるわけではないですが、展示作品すごく良くて、ひさびさに展示室を去りがたい気持になる美術展。展示室入ってしばらくして、これは図録ぜったい買わないと!と思ったのも久しぶりでした。

長野・山口に巡回することもあってか、関東では5/19〜6/28と、きわめて短い会期です。

まずは気に入った作品についてなるべくさらりとまとめて、感想としたいと思います。

感想 室町水墨画と南画の魅力

冒頭では、マネジメントの父として知られる経営学ドラッカーの、ゆかりの品を紹介。
彼が日本美術に"恋におちた"のは、ロンドンで銀行員をしていた20代のこと。偶然目にした展示会で"いちころだった"そうで、それから25年ほどたってから、少しずつ美術品の収集が始まったといいます。

はじめて日本を訪れたおりに、古美術店へも足を運びました。日本美術に対する思いを恋にたとえながらも、そのつき合いは慎重で注意深いものでした。自分にとってなぜそれが特別なのか?その問いを充分に繰り返して、美術品を買い求めたのでした。

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尾形光琳 「蔦図(団扇)」江戸時代

尾形光琳が意匠をてがけた団扇は、氏が講演で引き合いに出すなど、インスピレーションをもたらせた品。たらし込みでにじませた色味や、金泥で描かれた葉脈が、いまなお美しい一品です。また、光琳の団扇は、ドラッカーのいう、”空間を仕切る”デザイン意識がよくわかる作品でもあります。

はじめにドラッカーは日本美術に独自の空間意識を見たのでした。目に見える空間をどう説明するか。西洋では遠近法を使い、中国では比率であらわしました。日本ではまず空間が先にあり、ものを配置することで”空間を仕切る”、つまり空間をデザインしていると考えたのです。

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海北友松「芦に小禽図」桃山時代/曾我蕭白「雪景山水図」江戸時代

初期の収集作品は、とくにその空間意識の感じられる作品が続きます。
以前、栄西建仁寺展のとき、海北友松の作品にいたく感動したのだけど、その友松の絵画があったことが嬉しかった。この作品も、空間を仕切る美が感じられる品ではないかと思います。

武人画家の一瞬の筆のはしりを味わう絵画から、江戸時代の作品へと目がうつると、その洗練された画面に気づかされます。曾我蕭白の「雪景山水図」は、重く垂れる雪空に、鮮やかな雪山の峰がそそり立って、その輝くような白が印象的な作品。

雪山の存在感を支えるのは、入念に塗り分けられた墨の陰影です。積もる雪にうっすらさす翳り。手前の暗く凝った川から視線が奥へ誘導され、やがて白い峰にいきあたる。構図の演出の見事な一品です。

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狩野秀頼 「山水図」(団扇形)室町時代

武士が力をつけた鎌倉時代、入宋僧によってもたらされた禅宗とあいまって、武家文化が形成されていきます。足利義満が洛中に花の御所をつくると、文化はふたたび京都にもどりました。中国を手本にした文化から、この頃に、日本独自の精神性が芽生えはじめたのだとドラッカーは言います。

米国在住時代にフリーア美術館へ通う日々で、日本美術への思いにじっくり向き合った結果、とくに心ひかれるのが室町時代の水墨だと気付いたのだそう。来日の際には初めての古美術店で、室町水墨の山水画を見たいと、的確な好みを告げることができたのでした。

日本の絵画を”抽象画”と表現していることにも共感があり、嬉しく思いました。作品を見たときに、感性が塊となって胸に飛び込んでくるもの。そのため余計な情報を省き、必要な情報だけに切り詰める。

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谷文晁「月夜白梅図」江戸時代

谷文晁の「月夜白梅図」はまさにそういった一枚で、荒々しい老木に楚々とした白梅の対比が印象に焼きつきます。木の幹が影になり、空がうっすら明るい様子から、晴れた月夜の空が想像される。梅の木を見上げた一瞬に、夜の光が心にすとんと落ちてくるようです。

観賞者が空間に入り込む余地を感じて、とくに好んだ室町時代山水画でしたが、やがて武人の美術から文人の美術、南画(文人画)の魅力にひかれていきます。ドラッカーは江戸時代の南画に、富や武士の体制とは異なる、学問にもとづく社会——日本最初の近代社会の誕生を見ていたのでした。

南画(文人画)の良さを、少し前までは分かりづらく感じていたのですが、今回の展示ですっかり心をとらえられました。「画家の心をもって見ることを要求する」と表現したドラッカーでしたが、風景の情趣を少ない手数で配する水墨の世界には、画家の心の息づきがあります。

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高橋草坪「夏山雨後図」江戸時代/田能村竹田 「月談心図」江戸時代

浦上玉堂や池大雅のさらりと描いた水墨画もいいのですが、緻密に描きあげられた山水画も魅力があります。高橋草坪の「夏山雨後図」は、雨上がり夏の山間にひやりと湿った空気を感じさせる一作。あたりの大気の潤いを、水を多く含ませた筆でゆったりと描いています。

中林竹洞の「夏冬山水図」は、単純化された造形に冬の魂が宿る、抽象画の域にも達するような、美しい作品。南画の魅力と少し離れてしまうかもしれませんが、際立って目を引く一品でもありました。

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中林竹洞「夏冬山水図 」江戸時代

米国やヨーロッパにおいても、日本美術というと琳派狩野派を紹介される機会が多かったそうですが、ドラッカー自身は、渋めの室町時代水墨画や、禅画、南画などが好みであったようです。

一時の雨のしのぎに入った展示会で日本美術に出会い、雨が上がるころには、すっかりそのとりこになっていたというドラッカー。しばらく恍惚とした気分から抜け出せなかったといいます。

その彼が厳選した水墨画コレクション。好みもあるので100人見て100人が、ということはないでしょうが、そのうち何人かは、80年前英国の銀行員の青年*1の抱いた、美術館を出てなお幸福な余韻から覚めない気持ちを、我がものとして味わえるのではないでしょうか。

ドラッカー・コレクションについて

2013年に相次いで里帰りしたファインバーグ・コレクション、プライス・コレクションもとても良かったけれど、ドラッカーの収集品は、彼らと着眼点が少し異なります。

ファインバーグは、江戸時代以前の中国からの影響が色濃く残る作品よりは、独自性をもって花開いた江戸絵画の方が、面白いと感じていたようです。同じ日本美術ファンでもドラッカーは、中国手本の美術から、”日本の魂の風景”がおこってくる時代に興味をひかれているようです。

ファインバーグ、プライス夫妻ともに、日本美術を生んだその土壌への敬意を示しながらも、絵画との付き合い方は、あくまでドラッカー夫妻に比べればですが、おおらかに見えます。

なぜ室町水墨画に興味があるのか聞かれて、「なぜなら、愛しているから興味があるのです」と答えたドラッカー。言葉だけをみると情熱的に思えますが、しかし、自分がなぜそう感じるのか?ということに関しては、驚くほど慎重で、その考察は、懐疑からはじまっているようでさえあります。

コレクションに加える作品は、夫婦で議論した末に決まったと言います。一方の決断で購入することがあっても——全体の1割ほどという話でしたが、結局は売却になったりしたのだそう。コレクションの調和を乱さないか、ともに生活するのに耐えうる強さがあるか、など厳しい眼差しが作品を見ました。

東洋美術が好きだというと、中国美術ですね?と問われるのがつねであったドラッカーにとって、なぜ日本美術のほうにひかれるのか?という問いは、彼自身からも自分へと向けられたようです。

ところで氏が日本美術に出会った展覧会は、未だに特定に至っていません。1930年代、世界が第二次大戦に傾いていく時期、日本は国内の定まらない状況があり、海外での大規模な展覧会に至らなかったようです。日本美術は当時から、そしておそらく今でも、マイナーなジャンルなのでしょう。国内にいて自国の賛美は大きく聞こえるけれど、外に出れば、吹き渡るそよ風のようなものかもしれません。

ドラッカーは考察の中で、西洋と中国、そして日本では空間をとらえる意識が違うと述べています。その洞察も慎重なもので、山水画水墨画、また文人画も、中国に習ったものであり、大陸文化を理想と見ていたことも理解しています。また、作品のどの部分が誰の影響なのかまで、指摘するほどです。

そこをとらえてなお、中国とは違う日本美術の独自意識を見抜いています。西洋絵画は見る機会があっても、中国美術はなかなか機会がないので、違うのかな?くらいにしか思えないのが残念だけど。

その洞察に基づいた美術論も、なかなか面白く読みました。会場にもいくつか展示されてますが、図録はもっと重厚。巻末の寄稿文では、ドラッカーが作品に感じたことについて、哲学者メルロー=ポンティの思想に、言語化の方途を見出していたのではないか、と考察しています。

たんに美術愛好家にすぎないからと断りながらも、検証や裏付けをしながら慎重に言語化する。一度言語化したことによって、他の場面でそれらがつながっていく。そういう言語化の重みや面白さを感じられる展示会でもありました。

ドラッカーが"空間を仕切る"と表現した余白の美やトリミングの妙。空間を見て線を決める位相幾何学と、セザンヌの線との対話。文人画の俳味にみる"画家の心"——なぜそれが自分にとって特別なのか問い続けたドラッカーの言葉は、私の中にとっておきながら、もう少し考察を楽しみたいと思います。

そのほかのこと


*プライス・コレクションは自然を見るまなざしやユーモラスさが特徴な気がする。


*さらりと書いてても面白いと思うレビューでした。プライスさんとドラッカーさんは交流あったんだなあとか。中林竹洞「夏冬山水図」が参照したかも?という田能村竹田「金箋春秋図屏風」も、とても気になった。


*手前味噌な自分の記事。1年前に私も海北友松の線と余白に「日本的な感性の誕生」を指摘していたんですよ!!!

兵庫県立美術館-「芸術の館」-【南画ってなんだ?!】
文人画と南画って何がちがうの?と思ってたら、中国の文人画を手本に日本人が描いたのが南画とのこと。厳密にいうと、日本には文人(知識人の支配者層)が存在しなかったため、文人画とはイコールではないということらしいです。でも文人画の方がなんとなく聞きなれてる感じ。