日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

ボッティチェリとルネサンス フィレンツェの富と美@Bunkamura

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先日いってきた渋谷Bunkamuraボッティチェリ展。作品も良かったけれど、展示のもう一つの軸、フィレンツェと経済の富というテーマも面白かった。

興味があったので、展示会の監修者ルドヴィカ・セブレゴンディ氏の講演会にも行ってきました。画集も買ったので、展示会とふくめて「ルネサンス期のフィレンツェ経済と美術」というテーマに三回繰り返して触れた感じです。

ルネサンス期のフィレンツェ経済と美術」については、美術展の展示を追えば充分に楽しめます。ここでは忘備録までに書き残しておこうと思います。

フィレンツェと近代経済の成立

展示会はフィレンツェの貨幣局行政官の規約書から始まります。

ふたりの造幣局長は、鋳造する貨幣に刻むシンボルを選ぶことができたんだそうです。トスカーナ侯国から自由都市として独立したフィレンツェは、その十年後にフィオリーノ金貨の鋳造を始めます。

フィオリーノ金貨がヨーロッパを席巻できたのは、その見た目の美しさのためとも言われました。また、金貨に含まれる金は70と2分の1グレインを下回ってはならないとされ、いかさまであれ使用によるすり減りであれ、価値の劣る金貨が出回らないように管理されました。

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フィオリーノ金貨の目録 1317-1834年,フィレンツェ国立古文書館

フィオリーノ金貨も展示。金は柔らかいので、噛むと跡が深く残るんだそう。噛み跡の残る金貨や、模造を避けて施された独特のレリーフなど、貨幣をめぐる当時の状況が伝わって面白かったです。

国立新美術館で開催のルーヴル展でも両替商を扱った作品がありましたが、こちらでも同じテーマを扱っています。つまり、銀行業とキリスト教の倫理観です。

キリスト教においては高利貸しは罪の一つであり禁じられてきました。土地をもたないユダヤ人は社会の需要を担い、高利貸しを行いました*1*2。なぜ高利貸しが悪いことなのか。それは、貸付時と利子の受領時の間にある時間を売買しているからです。時間の取引は、神の領分なのです。

映画好きの知人に話したら、時間を売買するストーリーの映画「タイム」が引き合いに出て、時間の交換という発想はヨーロッパ的なのかもねって話になった。モモと時間泥棒の話もそうかも。と思ったら、そもそもミヒャエル・エンデは、時間をお金に交換する「利子」で儲けを得る経済システムへの疑問として、モモを描いたらしいです*3。なんと。

しかしメディチ家はどうやって倫理的な問題を逃れたのでしょう。この辺りルーヴル展でも少し書いたので、ここではいろいろな要素のうちひとつだけふれますが、彼らキリスト教世界の金融業者は、13世紀の神学者トマス・アクィナスの定義をうまく解釈したのでした*4

お金とは物の交換の手段であってそれ自体に価値はない。ゆえに利子はお金ではなく時間に対して支払われると考えたトマス・アクィナスは、利子をとることを厳しく戒めました。しかし投資によって貸付側が逸失利益のリスクを負う場合*5には、利子を取っても良いとしたのでした。

高利貸しと信用貸付はたくみに区別され、活動範囲が拡大する時代の要請もあって、銀行業は盛んになっていきます。この時代には為替手形も発展しました。支店網を利用して遠隔地の資金のやりとりを可能にし、メディチ家などの銀行家も、通貨の両替で生じる差額の貸付ができるようになりました。

しかしそれでも、人々の銀行業に対しての倫理的な問いは簡単には消えませんでした。絵画ではたいていの場合、両替商はずる賢く貪欲に描かれました。メディチ家をはじめとして富豪たちは、罪から逃れるために、福祉や文化事業への投資を進んで行うようになります。

ここからメディチ家ボッティチェリとの密な関係に展示の視線が向けられていくのです。

商業の拡大で経済的に潤っていくフィレンツェですが、贅沢にふるまうことが罪であるという意識は常にあったようです。各都市で衣服や装飾品、冠婚葬祭の規律を定めた奢侈禁止令が発布されましたが、めまぐるしく変わる流行に規律はなかなか追いつかなかったようです。

女性はネックラインを鎖骨から指一本分の高さにしなければならないというルールには、指の向きが記載されていなかったため、女性たちは指を横にした一本分の高さの服を着た、なんて笑い話もあるみたいです。

贅沢を戒めたのは、倫理観からだけでなく、社会階層の生活様式が入り乱れることへの懸念もあったようです。また、流通によって経済が潤うことの重要度も無視できませんでした。医師や判事、騎士階層など一部の人々は罰金を支払えば、規律違反が許されるようになりました。

当時禁止の対象だった豪華な婚礼が、絵画の中では華やかな衣装で描かれています。また、婚礼用に贈られたと見られる絵画「スザンナの物語」は、女性の美徳を賞賛して好んで描かれたテーマです。

グエルチーノ展にも同様の作品がありました。沐浴する美しい女性スザンナに言い寄る二人の長老。関係を断れば他の男性との密会を告発すると脅しますが、スザンナはこれを拒み、裁判にかけられてしまいます。しかし長老たちの嘘が分かって、処刑をまぬがれるというお話です。

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スケッジャ「スザンナの物語」1450年頃 フィレンツェ,ダヴァンツァーティ宮殿博物館

この作品の興味深いところは、一つの絵の中に、時間軸の異なる場面が描き収められているところです。美しいドレスのスザンヌを見た長老たちはその後を追い、沐浴する彼女に言い寄っています。こういう自在な時間軸の絵も西洋絵画にあるんだなあと思いました。

とにもかくにもこの時代の絵画の中には、貞淑や質素さを重んじる倫理観と、豪華さを好む時代の気風とのせめぎあいが見られます。

1478年、メディチ家と対立していたパッツィ家によるロレンツォ・デ・メディチ暗殺計画が持ち上がります。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂のミサでメディチ兄弟を襲撃したパッツィ家でしたが、兄ロレンツォはかろうじて難を逃れ、パッツィ家はとらえられて即日処刑となりました。

メディチ家の報復はフィレンツェの人々にインパクトをもたらせたようで、レオナルド・ダ・ヴィンチによる処刑のスケッチなどが今日に残っているそう。パッツィ家を推していたローマ教皇との対立など、難局を乗り切ったメディチ家でしたが、フィレンツェには不穏な空気が漂い始めていました。

ドミニコ会修道士サヴォナローラはかねてからフィレンツェの世相の腐敗とメディチ家独裁政治を強く批判していました。彼の厳格な信仰を求める主張は、多くの人々の心を動かしました。1494年のフランス侵攻の予言を的中させると、彼を信奉する人々の数は増えました。

フランス軍の入城を独断で許したことで、メディチ家フィレンツェを追放されます。その間、政治顧問に就いたのがサヴォナローラでした。フィレンツェの奢侈を批判したこの修道士は、享楽で描かれたものや異教徒的な作品を火に投じる、虚栄の焼却を行いました。

熱狂的な支持を受けたサヴォナローラでしたが、彼に不満を持つ人々も少なくありませんでした。その上で教皇アレクサンデル6世と対立したことは不味かったようです。教皇から破門を受けたサヴォナローラは、対立するフランチェスコ会の修道士から「火の試練」への挑戦を提案されます。

実際には行われなかったこの挑戦ですが、これがきっかけで人々の心は離れ、とらえられたサヴォナローラは拷問の末に罪を告白し、裁判の結果、処刑を言い渡されます。1498年5月の朝、ヴェッキオ宮殿の前でサヴォナローラは火刑に処されます。

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フィレンツェの逸名画家「サヴォナローラの火刑 」17 世紀 フィレンツェ,サン・マルコ修道院

この作品も「スザンナの物語」同様、一枚の絵は異なる複数の時間軸で描かれています。

サヴォナローラの死後も彼の影響は残りました。ボッティチェリもまた彼の教義に傾倒し、晩年の作風は変容していきます。それには、メディチ家という後ろ盾を失い、経済的に困窮したボッティチェリの状況の不安定さもあったのでしょう。*6

ロレンツォの子、ピエロの失態でフィレンツェを追放されたメディチ家でしたが、ピエロの弟ジョヴァンニ枢機卿によってフィレンツェに復帰します。ジョヴァンニ枢機卿はのちに教皇レオ10世となってルネサンス文化を再度支援することになります。

人々を熱狂させたサヴォナローラ宗教改革も、キリスト教世界の倫理観が求めた引き戻しであったかもしれません。

1492年に新大陸を発見するコロンブスが集めた旅立ちの資金の中には、フィレンツェ銀行家からの融資もありました。経済の発展によって活動を広げたヨーロッパ世界は、やがて他の大陸までその幅を広げていきます。一つの時代が終わった時、しかしもう世界は過去と同じではなくなっていたのでした。

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図録、金貨の作り方とか載ってる。

参考書籍

塩野七生さんのローマ関連の書籍をちょろちょろ読んでいたおかげで、この時代の展示が楽しく感じられます。というわけで、何かと読んでおくといい歴史の背景がわかる本。

神の代理人 (新潮文庫)

神の代理人 (新潮文庫)

ルネサンス期の四人の教皇を小説風に描いたエッセイ。サヴォナローラが対立したアレクサンデル6世や、メディチ家出身で芸術と贅沢を好み教皇庁を財政難に追い込んだレオ10世など、今回の展示にかなり重なります。内容はだいぶ忘れたけど、サヴォナローラのエピソードだけは強烈に残っている。

海のカテドラル 上 (RHブックス・プラス)

海のカテドラル 上 (RHブックス・プラス)

海のカテドラル 下 (RHブックス・プラス)

海のカテドラル 下 (RHブックス・プラス)

これはスペインが舞台なんだけど、農民に生まれた主人公が父に連れられて自由都市バルセロナに逃れるお話。主人公がユダヤ人やムーア人の協力を得て両替商を営む展開があって、世界史の知らない部分だなあと面白く読みました。

金融の世界史: バブルと戦争と株式市場 (新潮選書)

金融の世界史: バブルと戦争と株式市場 (新潮選書)

読んでない本だけど、前々から気になってる。
これを機に読もうかな。Kindle版もあるみたいだし。

*1:ユダヤ教でも同胞と貧者への利子貸付は禁じられていますが、異教徒であるキリスト教徒への利息はトーラの教えに反しないとされました。ユダヤ人たちの生活区が隔離されたことで、彼らはますます職業の選択を狭められていきます。中世を舞台にした小説ではよく、ユダヤ教徒は医師か金貸しとして描かれます。

*2:ユダヤ教と利子についての参考:利子 - Wikipedia

*3:モモに対する解釈:モモ (児童文学) - Wikipedia

*4:金貸し - Wikipedia

*5:逸失利益についての考え方および利子の解釈:利子 - Wikipedia

*6:サヴォナローラボッティチェリフィレンツェとともに死した男・ボティチェリ 美術展がもっと面白くなる、國學院大學小池寿子教授の特別講義へようこそ | JBpress(日本ビジネスプレス)