日々帳

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ルーヴル美術館展 日常を描くー風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄 | 国立新美術館

国立新美術館に初来日した「天文学者」を中心に、ルーヴル美術館の風俗画をそろえた美術展「ルーヴル展」が開催されています。好きなジャンルではありますが、「風俗画」のテーマでゆっくり見るのは初めてなので、楽しみな企画展でした。

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子供向けナレーションがコナンくんだったので、はじめは、主催が日本テレビだからかな?安直だなあと思ってしまったのですが、展示を見ると、その感想は浅はかだったと気づきました。絵の中の謎を解いていくというミステリー仕立ての展示は、むしろコナンくんじゃないとダメだったのかも。

作品のキャプションに解説やヒントがあるので、絵の寓意性をじっくりと読もうとすると、あっという間に時間が過ぎていきます。

ちょうど「ナショナルギャラリー 英国の至宝」という映画を見て、西洋絵画とは物語を読み取ることなのだなあと思っていたところ、風俗画はとくに絵にひそんだ寓意がはっきりあって、展示も作品の物語性を味わうような構成で、とても楽しめました。


ルーヴル美術館展 |企画展|展覧会|国立新美術館 THE NATIONAL ART CENTER, TOKYO

日常に描かれる物語

西洋絵画は「歴史画」「肖像画」「風景画」「静物画」というジャンルに分けられ、微妙に優劣があるのだそうです。風俗画はその下、もともとはジャンルとしても確立されていませんでした。

市井の人々の姿を描くことは、古代美術までさかのぼることができます。展示はそのあたりから始まり、歴史・宗教画が衰退する19世紀ごろまでの作品を展示。風俗画を楽しみつつ、時代ごとに変化していく絵画の主題を追うつくりです。

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クエンティン・マセイス「両替商とその妻」1514年(アントワープ 北方ルネサンス)

クエンティン・マセイス「両替商とその妻」は、寓意がひそんでいる風俗画として、とてもいい例の作品なので、おそらく冒頭の目につくところに展示されているのだろうと思います。

キリスト教では利子をとって儲ける金貸しは、卑しい職業として禁止されていました。ヨーロッパではユダヤ人だけが金貸しを職業にでき、「ヴェニスの商人」に出てくる悪役の高利貸しもユダヤ人です。

13世紀ごろにメディチ家が両替商を始めますが、彼らは手数料や換算率で儲けを得て、利子をとることの罪をうまく免れました。しかし彼らもまた、世間から見て道徳的に好ましくはなかったようです。

金を量る夫とそれを見る妻。彼女の手元にはページをめくりかけた聖書。側の鏡には十字架の窓枠と教会の塔が写っています。もともとは額縁にレビ記の「天秤は正しく、重りは等しくあらねばならぬ」という言葉が記されていたそうです。

作品の中にヒントをちりばめて、ある教訓に導いていく。風俗画には、当時のヨーロッパ社会の倫理観なども垣間見れます。

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ニコラ・レニエ「女占い師」1514年(フランドル絵画) *Nicolas Rénier wikipedia クリエイティブコモンズ

教訓的意味性の強い作品をもう一枚。ニコラ・レニエ「女占い師」。占ってもらっている女性のポケットから財布を抜き取ろうとする老婆と、さらに占い師の背後から鳥を盗もうとしている男。騙されることへの注意、騙すものもまた騙されるという、二重の警告が描かれています。

小物を配して教訓を示した「両替商とその妻」より一歩進んで、人物たちの視線の向きと手の位置で、見る者にメッセージを語ります。その強い陰影や、ポーズと視線で一瞬の物語を写す作品には、画家が影響を受けたというカラヴァッジョの作風を見るようです。

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レンブラント・ファン・レイン「聖家族」または「指物師の家族」1640年(ネーデルラント オランダ絵画・バロック美術)

風俗画の発展には、宗教改革による偶像崇拝の禁止がその背景にあります。経済が発展したオランダでは、教会からの注文が減った代わりに、裕福な市民階級が絵画の注文主となりました。

その時代のオランダで活躍したレンブラントは、彼自身もプロテスタントで、当時人気の肖像画家でしたが、宗教をテーマにした作品も多く描いています。「聖家族」は、イエス・キリストと母マリア、養父ヨセフを描く美術の主題です。聖なる家族の姿を市井の人々に重ねました。

光と影の効果や物語の一場面を描くような演出はバロック絵画らしい手法ですが、美化するのではなく、普段の人々に写し重ねて描く感覚は、当時のオランダの空気を感じさせるようでもあります。

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ヨハネス・フェルメール天文学者」1668年(ネーデルランド デルフト オランダ絵画・バロック美術)

フェルメール天文学者」は中盤での登場です。思ったより小さい!
描かれる男性は、東洋の着物風ガウンを羽織っています。手元には天球儀と書籍「星の研究と観察」、壁には地理学と天文学に理解の深かったとされる、ユダヤ預言者を描く絵画「モーセの発見」。

フェルメールには、描かれた人に想いを馳せてしまう作品が多いように思います。とくにこの天文学者は、東洋と西洋の知と、天上と地上の知のまじわり。その交差する地点に立って、万物の知を統べるような雰囲気さえ漂わせています。

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ジャン=アントワーヌ・ヴァトー「二人の従姉妹」1716年頃(フランス ロココ美術)

ロココ美術の作品がじっくり楽しめたのも、今回の良かったところかなと思います。
「二人の従姉妹」と題されたこの作品では、男性が女性のひとりに指輪をプレゼントしている場面を描いています。それを見守る女性の表情の見えないうしろ姿。一枚の絵からドラマが浮かび上がります。

展示は恋愛の情景から、牧歌的風景画、室内の女性たちというテーマにうつっていきます。ロココくくりでは、華やかなブーシェの「オダリスク」や、しっとりした風景の中に恋人たちを描いたゲインズバラ「庭園での会話」なども良かったです。

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フランソワ・ブーシェオダリスク」1745年(フランス ロココ美術)

牧歌的風景を描くフラゴナール「嵐」は、荷車を奥へと押す少年たちの重たげな動きと、画面手前にわらわらと降りてくる羊の群れを描いています。空には低く垂れ込めた雲と切れ間の青空。嵐はやってくるのか去っていくのか。ぬかるみがあるのだから、ひと雨すぎた後かもしれません。一方で、迫り来る嵐の気配に、急いているようにも見えます。
天候の表情も相まって、動きの対比が心地よく、流れる時間を印象的に切り取った作品です。

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ジャン=オノレ・フラゴナール「嵐」または「ぬかるみにはまった荷車」1759年頃(フランス ロココ美術)

当時の社会の教訓をもとに描かれた作品も多く展示。りんごの皮をむくことは、家事に勤しむ女性の象徴であったのだとか。あるいは子どもに教育をほどこす母の姿もまた、理想の女性像であったようです。良き妻よき母という教訓が、この時代にはっきりとあったことがわかります。

労働者の勤労を描いたミレーやドラクロワの作品には、ヨーロッパ社会に人間の尊厳という意識が現れはじめていることを感じさせます。対象を美しいものだけに限らない彼らの目線は、やがてありのままを描く自然主義に結びついていきます。

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L) ヘラルト・テル・ボルフ「読み方の練習」1652年頃(オランダ バロック美術)
R) フランソワ・ブーシェ「アトリエの画家」1730-35年(フランス ロココ美術)

最後は画家のアトリエを描いた作品たち。小さなアトリエから数人の画家を抱える大きなアトリエまでさまざまです。実際の光景を描いたのか、ある程度の装飾があるのかは分かりませんが、風俗画の魅力ってやっぱり、当時の空気がそのままに写し取られているところだなあと思います。とくにアトリエという私的な空間にいたっては、画家の普段の風景が伝わって来るようです。

雑感

ルーヴル展の後に山種美術館の「花鳥画展」に行ってきました。あらためて日本画と西洋画って全然ちがうなあと思いました。

西洋絵画を見るときは、絵から離れるようにして眺めます。日本画は、いちどは絵に近づいて見ている人が多い。筆のはしり方とか、色のにじませ方を見てるんだろう思います。西洋絵画は絵の中のメッセージをとらえるもの、日本画は感覚的に味わうもののような気がしました。

先日行った横浜美術館のホイッスラー展は、西洋絵画の世界で生きてきたホイッスラーが、感覚的な美に気づいていく様子が見えて、本当に面白かった。彼はあえて絵画にまつわる教訓や物語性を排除しようとしました。そして感覚的な美のみに描く価値があると考えた。

最近になって西洋絵画の中にも、感覚に重きをおいた表現のルーツはあるんだろうと思うようになってきました。たとえば今回の作品で言えば、レンブラントの作品には感覚的な表現が見れらるように思います。明暗の強い光の効果や、単なる肖像画でもボケとピントを明確に使い分けていたりします。

今回のルーヴル展は絵の中の物語を楽しむ展示会だと思いますが、ひるがえって、感覚的な美についても考えてしまいました。とはいえ物語性や風刺が強くて思わず笑ってしまう作品や、絵の中の登場人物たちの関係に想像を巡らせたり、一枚ごとに面白みがあって見応えある展示会です。

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美術館まわりはどこも混むので、乃木坂駅側の通りを六本木ヒルズ方面へしばらく歩いたあたりでお昼をとりました。昼のラストオーダーは14:00ごろと少し早めですが、吹き抜けガラス張りの静かな店内で美味しいランチをいただきました。日比谷線づかいだと駅近いし、この近辺いいかも。

参考URL


宗教画のイメージが薄いオランダ絵画で、レンブラントの作品は宗教をテーマにしたものが多いのは気になっていたけれど、彼自身の信仰の深さもあったのかもと思いました。

レンブラントと宗教観