日々帳

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[感想]ファインバーグ・コレクション展 江戸絵画の奇跡 | MIHO MUSEUM

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米国実業家ファインバーグ氏が妻とともに1970年代から蒐集してきた江戸絵画コレクションの里帰り展。
1970年代、日本画で最も高く評価されたのは、室町時代のもので、その多くは中国絵画の影響を受けた山水画であった。それから時代を下った江戸時代、日本絵画に生じた美の転換は、次のような背景から引き起こされた。

それまで絵画は王侯貴族や宗教に関わる者たちに許された趣味であり、彼らの好んだ文人文化、つまり中国に習う文化が反映されてきた。
江戸幕府を開いた徳川家が制定した鎖国制度は、それまで中国の影響下にあった日本人の美術的感性を表面化させることとなる*1。また、領地統治の委任を受けたすべての大名とその家族を江戸に住まわせた参勤交代制は、江戸の町に豪奢な屋敷を建てさせ、その周辺に商人・芸術家・工芸家たちが住まわって、都市裕福商人層が町人として新たな階級を形づくることとなった。
富をもった庶民たちの要望からおこった江戸大衆文化は、これまでの王侯貴族たちが好んだ中国の影響を受け変化を嫌う芸術と異なり、日本の古典に憧れを持ち、斬新な技法と幅広い主題に挑んだ意欲的な作品を次々と生み出す土壌となった。

本阿弥光悦が名もない絵師、俵屋宗達を見いだし、中村内蔵助尾形光琳パトロンであったとされるように、彼ら江戸絵師たちを支えたのは同じ町人たちであったのだろう。よく、昔の画家たちはどうやって生活していたのだろうと考えることがあるのだけれど、江戸時代においては庶民が庶民を支えたのだろう。しかしそのことが翻って、作品に自由さと新しさを与えた。

その自由闊達でより日本人の心に根ざした文化は、20世紀に入って海外蒐集家たちによって発見され、故郷である日本にその評価が再輸入されるようになった。現代に再現される江戸絵画作品の顔ぶれは、当時の日本画壇の賑やかさがそこに立ち現れるようでもある。

鈴木其一「山並図小襖」「松島図小襖」「群鶴図屏風」
神坂雪佳「三保松原図小襖」

入ってまず迎えるのは、鈴木其一の「山並図小襖」「松島図小襖」。展示室を進むと目玉作品でもある「群鶴図屏風」に出会う。モチーフを象徴の中に落とし込み、それらを独自のリズムの中に構成する、琳派らしい特徴を極めたところに、鈴木其一という人がいるように思う。とくに「群鶴図屏風」は、デフォルメされた水流と、思い思いの方角を望む鶴たちとのリズミカルな配置が、画面いっぱいに広がる。
同じ傾向の作品では、神坂雪佳の「三保松原図小襖」も良かった。金の背景を大きくとり、画面下に松の木が並んでいる。丈夫にはうっすらと山の峰が見える。大胆な余白のとりかたと、音楽を奏でるような松の木の並びが良い。
 
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鈴木其一「群鶴図屏風」
 

俵屋宗達「虎図」

一緒に行った人が、高橋留美子でも描けると言い出して、確かに描いてそうだけど…。
俵屋宗達尾形光琳については、知るほどに恐れ多く感じる。象徴を図様に落とし込むに長けていたのは光琳の特徴なのだが、宗達の余白の取り方や軽妙な筆には目の覚めるものがある。もちろん、それを引き継いだ光琳にもその技巧に光るものがあるけれど。
虎の恐ろしさよりも愛らしさが勝るのは、颯爽とふるう筆の洒脱さゆえと感じる。とはいえ、毛並みの一本一本は薄い筆で丁寧に描いていて、絵全体のバランスを整えている。
ふと思ったのだけど、日本には虎はいなくて、想像で描いたとされるが、やはり猫などをモデルにしたのだろうか。(しまったもう猫にしか見えない。)

深江蘆舟「秋草に瓜図」

宗達の虎のとなりに、物静かな秋を思わせる品の良い作品。傾向はだいぶ違うが、おなじ琳派の作品ということなのだろう。たらしこみ技法で丁寧に描かれた秋草の濃淡にじむ墨色に、淡い紅の花(ノウゼンカズラスカシユリ)が華やかさをそえている。深江盧舟や酒井抱一たらしこみ技法は、翳りに陽があたって光っているような、つややかさを感じさせる。抑えた色彩の中の表情ある赤が美しい。静かな秋の花の賑わい。


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深江蘆舟「秋草に瓜図」/俵屋宗達「虎図」

中林竹洞「四季花鳥図」

琳派などは日本の古来の美意識に心を傾けたが、文人文化が廃れたわけではなかった。儒教の教養や漢文詩の愛好は武家にとどまらず庶民にまで行き渡り、文人画もまた江戸の絵師たちに熱心に学習された。伊藤若冲なども宋元画に学んでいる。中林竹洞は絵画論にも優れ、知的な文人画家として知られた。
「四季花鳥図」は名の通り、春夏秋冬ごとの花鳥図である。冬と夏は墨の濃淡で描かれ、秋と春は美しい彩色をほどこしている。画像は冬と春のものだが、個人的には夏と春が良い。筆づかいで柳のやわらかな葉と、水草の勢いのある葉の描き分けがなされる夏。春は青みの混じった桃色で海棠と大輪の薔薇の咲き乱れる華やかな春が描かれる。筆の走りで表される岩の影も多用すれば重い印象になりそうだけど、アクセントになって画面を引き締めている。

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中林竹洞「四季花鳥図」

鈴木松年「月に雲図」

明治時代に活躍した京都画壇の重鎮で、上村松園の師としても知られる。豪快で激しい気性のため他の画家との摩擦も耐えなかったというが、洋画を学ぶなど、絵の道に関しては驕りのない人だったという。すこし検索してみると、作品より人柄ゆえのエピソードが出てくるので、生き方に鮮烈な人だったのかもしれない。
道中見上げた空が青いのだから、昼間のことと推測するが、突然に雨の気配がしのびよる空に翳りが落ちて、雲間の月が夜のように白く輝いて見えたのだろうか。光をはらむ不穏な雷雲が、狭間に短く閃光を放つ。それとは対照的に雲向こうの不思議に澄んだ青は美しく印象的である。
画上下の帯には山吹が描かれ、太田道灌の山吹伝説*2とかけているのではないかと考えられている。晴れた空に突然の雨の予感が絵の向こうから漂ってくる、鮮やかな印象の一枚。

葛蛇玉「鯉図」

江戸中期の絵師、葛蛇玉は鯉を描くことを好み「鯉翁」と呼ばれた。現存する作品は少なく、世界で6点しか残っていない内のひとつ。水の下の鯉というモチーフは、当時、長崎派という画派で流行ったもので、その影響だろうとのこと。水紋は翳りと光を走らせ澄んだ水流を再現して、桜の花びらが浮ぶ春の清流に、緻密な筆で存在感をもった鯉の姿が描かれる。
葛蛇玉は清らかな自然に、精密に描かれた生命の印象を残して、独特な雰囲気を持つ画家だなあと思った。

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鈴木松年「月に雲図」/葛蛇玉「鯉図」

酒井抱一「十二ヶ月花鳥図」

今回の展示のメイン作品のひとつ。月ごとの草花と生き物たちが描かれる。細部の描き込みは少なく、さらりと描いていて即興に似た軽やかさがある。
鈴木其一の絵にはリズム感があるが、酒井抱一の絵にもまた、画面構成の心地よいリズムがある。其一は抱一の弟子だったので、作品の印象は違えども、感性には相通じるものがあったのかもしれない。
個人的に特に好きなのが4月と12月で、曲線と直線による画面の均衡は見入ってしまうものがある。
抱一が描いた草木の画は、大きな葉と大輪の花、それらを飾るように小振りな花や蔓などが配されて、まとまりの中にも動きを感じさせる。華道などには余白の美という言葉があるが、画面にさっと線を引いて空間に緊張感を生む画面構成の抑揚が、酒井抱一の作品の魅力なのかもしれないと思った。

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酒井抱一「十二ヶ月花鳥図」左から:12月、8月、4月

伊藤若冲「菊図」「松図」

江戸中期京都の画家で、初め狩野派の画家に師事し、後には宋元画を学んだ。青物問屋に生まれたが、もっぱら画業にふけり40歳で早々に隠居して絵筆をとった。絵に没頭して他に関心を示さない変わり者のイメージがある若冲だが、隠居後に京都の錦市場が営業停止になったとき、再開のために3年間奔走したことが近年知られるようになった。
その若冲の、菊を描いた3幅対の作品。反って大輪の花の天を仰ぐ左と、真っ直ぐ立つ中央、左の菊は下方に伸ばした茎を反らせて細い花弁の花が上をあおぐ。江戸中期に菊の品種改良が進み、さまざまな種類の菊が栽培されていた。その細やかな観察眼で菊の姿を描き分けている。
「奇想の画家」と呼ばれる若冲独特の味わいには乏しいかもしれないが、この作品にも、構成にリズムが感じられる。先にあげた二人よりはもの静かだが、空間をそれとなく引き締める線の抑揚が心地よい。
若冲の画はもう一点「松図」を見ることができる。80歳を越えて描いたこの絵は、薄墨の背景に力強く勢いのある筆で松の枝を描いており、「菊図」同様、線の抑揚をもって画面に緊迫感を与えている。
10代で絵筆をとり、隠居するまでは画業への打ち込みが周囲をやきもきさせたこともある若冲は、80歳を越えてもなお、絵の世界にとりつかれたままだったのだなあと思った。

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伊藤若冲「菊図」のうち、左幅・中幅

円山応挙「鯉亀図風炉先屏風」

円山応挙が写実に徹したのは、自然への敬愛ゆえだっただろうか。鯉の描写もさることながら、清冽な水の表情をそこはかとなく、しかし確かな筆で描いている。今にも鯉の尾びれが水面をはね、あらたな水紋を描くような、描写の生々しさがある。
屏風の裏は絹本で水紋が描かれていて、背後から当てられた光で表の絵から透けて見える仕組みになっている。裏の水紋は細かな模様になっていて、角度を変えると光の具合でゆらりと動くような錯覚がある。こういった、自然との調和と、絵の空間に限定されずに鑑賞者の空間にまで絵の世界の広がる仕掛けは、日本画らしい感性だと思う。

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円山応挙「鯉亀図風炉先屏風」

雑感*3

最近、考えているのだけど、例えば「桜」というと何か視覚的な気がして、「さくら」というと、音を聴くような気がする。一音と一字が対応しているからかもしれないけれど、和歌で漢字とひらがなが混ざるのは、漢字は意味を伝え視覚にとどめさせるから、句の中のアクセントとして使い、ひらがなは歌うように流れ、捉えようとしても手のうちには余韻のみが残るようである。
日本画もまたそうだと言いたいのだが、西洋の美術は黄金律へのこだわりに思うように、整然とした美がある。しかし日本画においての構成の美とは、余白との調和であり、画面の内外につながる配慮がなされていることで、それはどこか音楽的だと感じる。ひとつ楽器が音を奏でれば、そこに意識が集まって空間が引き締まっていくような感覚は、今回の展示で言えば、酒井抱一伊藤若冲の線の使い方に感じられる。
バッハの音楽は数学的であると言われるのだから、整然の美としての音楽もあるだろうと思われそうだけど、多分に私が感じているのは、時間の流れが絵画の世界にもあるということなのだ。
今にも動き出そうとする鯉や、悠然たる富士の根元に霞のたゆたう様子*4、雨の起こる一瞬前の澄んだ青空に浮ぶ月。琳派の画家たちに見られる、音楽を奏でるような構図。静の中に崩しを入れて動を表現する感性。
浮世絵や日本画、陶芸品が西洋に渡ったとき、ヨーロッパ世界の画家たちに新鮮な驚きを覚えさせた。ジャポニズム印象派の画家たちに大きな影響を与えたが、空や水面のうつろいゆく一瞬の美をとらえようとした彼らの絵は「ただの印象にすぎない」と酷評された。彼らが描こうとした「印象」とは、時間を意識する日本の、美の感性の流れを汲むものではないかと思う。



ついでの話〜日本画の海外蒐集家 ロバート&ベッツィ・ファインバーグとジョー・D・プライス

ファインバーグ・コレクション展の図録には、ファインバーグ氏の文章も載っているが、これも楽しく読んだ。
”明るい色彩、自然やそのうつろう四季の美への強い興味、画面の外側には何があるのか想像せざるを得ないような非対称の構図に、強い興味をそそられました”
この文章からは、海外の人たちが日本画の何に惹かれているのかをよく知ることができる。色を混ぜない彩色、自然主義、独特な美意識に基づく構図。それらは私が日本画の魅力を知ろうとするときに、手探りながら学んでいくことなのだけれど、彼らにしてみれば先達者はなく、日本画独特の美を”発見”してきたのだろう。いまだ冷めぬ発見の喜びと興奮が伝わってくるような文章が印象的だった。
少し前にCSの「極める 日本の美と心」という番組で、海外の日本美術コレクターの一人、ジョー・D・プライス氏と、彼が特に愛好している伊藤若冲のことをやっていた。プライス氏は、60年代から蒐集を始めて、ロサンゼルスに心遠館という美術館を作った人で、ロサンゼルス・カウンティ美術館内に設立された日本美術館には、コレクションの一部が展示されている。
若冲の生命を吹き込む緻密な筆遣いにも惹かれたが、彼のみならず、葛蛇玉の「雪中松に兎・梅に鴉図屏風」を発見し、無名で点数も少ない蛇玉の作品を、現代によみがえらせるきっかけを作った。
プライス氏も日本画について先達の師がいたわけではなく、絵の良さだけで購入を決めてきたのだという。彼らは日本語をほとんど解しないし落款も読めないのだから、作者名にはこだわらない。ファインバーグ氏は、作品の真贋や質について尋ねることはなく、購入してから誇らしげに見せるのだというのは、美術史学者の小林忠氏の言葉。プライス氏もまた、絵の作者が誰かと尋ねるのは一番最後なのだという。彼が一番始めに購入した伊藤若冲の絵「葡萄図」は落款に景和とあって、若冲のものだと知ったのは後のことだという。こういったエピソードは、彼らの確かな審美眼と純粋な喜びが感じられて、新鮮な思いにいたる。

ファインバーグ・コレクション展は東京でもやっていたのだけど、なぜか滋賀の方まで足を伸ばしてしまった。MIHO MUSEUMでは、8月18日までの期間の間に二度の入れ替えがある。早く気づいて東京での展示に3度足を運ぶべきだった。
プライス・コレクションも東北で開催されている。仙台からはじまって、現在は福島美術館で9月23日までの開催。葛蛇玉や長沢蘆雪ももちろんのこと、伊藤若冲の作品も展示されているとのことで、こちらもぜひ行かなければ。

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ファインバーグ・コレクション展にて8/6日から展示予定:谷文晁「秋夜名月図」

*1:追記:この変化は江戸時代に急激に起こったものではない、戦国・安土桃山時代を通して、貴族階級から才能ある武士へと支配の主導権が移っていく中、大名たちは有能な武士や知識人との関わりを持つようになり、階層間の接触は市井の人々に国民である意識をもたらせることとなる。この変化は後の時代の美術発展に大きな影響を与えた。

*2:山吹伝説:室町時代の武将 太田道灌は道中にわか雨に降られ、蓑を借りようと寄った農家で、若い娘に一輪の花を差し出され、花が欲しいのではないと立腹した。後に家臣に話したところ、「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき」という和歌にかけて、蓑(実の)の持ち合わせがないことを答えたのだと教わり、自分の無学を恥じた道灌は、それ以後歌道に励むようになったという話。ここで興味深いのは、和歌というのは農家の娘でも嗜んでいたものだったのだろうか、ということで、今読んでいる本に、農民まで和歌に親しんだという記述があって半信半疑だったのだけど、遊歴算家に見られるように、案外に日本の庶民・農民の教養は(場所によるだろうけれども)高かったのかもしれないと思った。

*3:なお、今回のテキストは絵師の基本情報はWikipedia、ちょいちょいはさむ蘊蓄は展示会の図録によっている。

*4:谷文晁「富士真景図」:画を取り込めなかったので割愛。富士の静と霞の動の対比が絶妙な作品