日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

感覚の位相と互換性

感覚の位相と互換性

私は絵を見る時に、その感覚を音楽を聴く時のものに置き換えてみる、という見方が好きで、逆に、音楽から造形を想像するのも楽しい。

そのことについて書きたいと思っていたところ、共感覚という言葉を知った。

この類いのことでよく知られているのが、音階に色がついているように見えるという、音楽家たちのエピソード。

私には音階に色がついてるかどうか分からないし、絶対音感もない。そうすると、色と音とリズム、時には匂いといった私自身の感覚の相互互換のことをどう理解すればいいのか。

その記事にも書かれていたのだけど、共感覚とは、もともと誰でも持っているもので、抑制されている機能なのではないかという説があるようだ。

なんのために抑制されているのか、という点も興味深いが、ここでは、”もともと誰でも持っているもの”という点への考察を向けたい。

共感覚がなにか天才のもちうる能力のように見なされるのはなぜか。

それは、音や色に関して彼らが持っている、様相を絶対的にとらえる力が、感覚の相互互換においても軸となるからではないか。

ある音が、全体のどの位置にあり、それは次の音とどのような関係性や距離にあるのか、を察する能力。その音どうしの相関性が、色の相違にも当てはまり、ドの色は赤だ、というふうになるのではないか。

 

共感覚と数学的感性

Wikipedia共感覚の項は、この感覚の保持者たちのエピソードが面白い。

音を色でとらえるばっかりに、演奏者たちに「ここは紫で」と指示してしまう指揮者、風景...おそらく色彩や湿度や匂い、から聴こえる叫び。

色や音の感覚が、数・母音に結びつくというのは特に興味ぶかい。別のエントリーでも書いたが、和歌(音・発音)の世界から画(色・造形)の世界を立ちおこした日本画家たちの感性というものも、この辺りと遠からず関連性があるように思う。

数に色を見ることはあっても、色から数を浮かべることはないという。たとえば音を例にして、ある音の全体から見た位置と、他の音との距離感は、それをとらえる能力の精度が高いほど正確になる。そのことは自然と、数学的な感覚に近くなるのではないか。

白は1の位置にあるため、1という数字が来ると、それは白のある場所だと思いつく。しかし、数そのものは、感覚の空間的位置づけをされていないため、白の色を見た時に、それは即ち1である、という思いつきが起こらない。

 

凡人のための共感覚

つまり私には、感覚の相互互換はわかっても、感覚の空間における絶対的位置づけを測る能力は備わってない、ということなのだと思う。
もちろん、ある音に比べて高い・低いといった相違はとらえられるが、それは比較しながら位置をとらえる相対的なものなのだろう。

ひるがえって言えば、感覚の互換は、特別な能力を必要としない。

ひょっとすると、感覚の位置関係をとらえる力が備わってこそ、共感覚と呼べるのかもしれないのだけど。そうすると、私がそうと感じているものは、単に「感覚の互換」と呼ぶべきかもしれない。

「感覚の位置関係をとらえる力」は先天的なもので、だからこそ天才に結びつけてとらえられるのだろうと思う。しかし「感覚の互換」は、わたしがそうであったように後天的にも得られるもので、ひとたび気がつけば、絵を見る時や音楽を聴くときに、愉しみをひとつ増やすものだ。

終わりに、と銘打つには長くなりそうだけど、感覚の相互互換を味わえる作品をいくつかあげて締めくくりにしようと思う。

 

パウル・クレー「パルナッソスへ」「花ひらいて」

絵から音楽が聴こえてくるような作品を見てみたいと思えば、クレーの絵画を見れば、事足りるはず。クレーは両親を音楽家にもち、妻もまたピアニストであった。彼の描く色の階調には、色相の調和とも呼ぶべき、心地よい配色とグラデーションの構成がある。また、落書きのような線画も、リズムを感じさせている。図形の反復は、色(階調)を変化させながら展開していき、その色彩の空間に引かれた直線や曲線が、旋律をリードしていく。色彩と音のとけあう世界を、そこに見ることができる。

パウル・クレー「パルナッソスへ」「花ひらいて」

 

高木正勝
「Girls( apple pro takagi story )」Girls - Spring (for iida 'light pool' 2010)

アップルの広告動画の冒頭で「風に色がある」、後半では「色とか動きで世界はあふれている」と言っていて、この言葉からは、高木さんが作品をつくる時に「色」「動き」に意識をおいていることが分かると思う。音の動きから得られる感覚は、映像で表現される。たゆたう流れと細やかなさざめき。音の動きが立体的な造形を造り出していく。どの音楽をサンプルにしようか探していたところ、Girlsのデモムービーを見つけて、クレーの「花ひらいて」にそっくりで驚いた。このムービーを見た後に、クレーの作品をみると、あの四角形の色彩のひとつひとつが音を奏でだすのが分かるんじゃないだろうか。


高木正勝 - Girls( apple pro takagi story ) - YouTube 
Girls - Spring (for iida 'light pool' 2010) - YouTube

 

Serph「vent」

音から色を見ることはできなくても、彩度を感じることはできるはず。Serphの音楽は、音の一粒の彩度が高い。明るく混じりけのない澄んだ色が交差する。 


Serph - vent - YouTube

 

追記:ずいぶん好き勝手に書いてしまったのではないかと気にかかっていたので、補足。
絶対音感・相対音感の考え方を、色、嗅覚、触覚などその他の感覚に拡大解釈できるだろうか、ということや、知覚の認識が数的な空間位置把握に基づいているという発想には、証明となるものがない。一方で、私の漠然と考えたことを、もう少し納得できる分かりやすい記事を見つけたので、引用しておこうと思う。

色聴-ISOP
”音と色が波長(周波数)の関係によって結びつき、音の波長の違いに対応した色彩を想起させる”
...「空間位置の把握」という曖昧な言葉より「波長」という理解の仕方は、ずっと説得力があると思う。