日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

最近見たものまとめ イスラム世界のまなざし

 

極秘ファイル|番組紹介|ナショナル ジオグラフィックチャンネル
http://www.ngcjapan.com/tv/lineup/prgmepisode/index/prgm_cd/748

ディスカバリーチャンネルやらナショジオチャンネルやらでは、対イラク作戦だとか、対アルカイダ作戦だとかの特集をしていることも多くて、しぜんと米国のプロフェッショナルたちがイスラム勢力を鎮圧していくというような番組をよく見るようになった。

当然視点は米国のものになるわけで、フセインアルカイダは許しがたい悪であり、世界の平和のために米国が行動することが重要であったという文脈を、再三おさらいさせられる。おかげで私もフセインがどれほどイラクの人々を苦しめ、クルド人ユダヤ人に対して迫害を加えてきた非人道的な独裁者かということを知ることができた。けれども、ああいう番組を見るたびに、いつも同じ疑問が心のうちにわき上がる。

なぜ、バグダットを訪問したブッシュ大統領に、あのイラク人記者は靴を投げつけたのか。なぜ、アルカイダなどのイスラム過激派が、米国を始めとした西側諸国を標的にテロを行うのか。

 

サダム・フセインは拘留され、長い時間をかけて尋問を受けた。彼は尋問の担当官に次第に心を開くようになると、やがて米国が引き出したがっていた二つの質問に答えることとなる。ひとつは大量破壊兵器WMD)を持っていたか。もうひとつはアルカイダと関わりがあったか。
ふたつともフセインは否定した。彼はイランを牽制するために、WMDを完成させていたかのように振る舞ったにすぎない。また、アルカイダについては脅威だとも感じており、決して協力的な間柄ではなかった。

けれども結局フセインは死刑になる。罪状はシーア派住民虐殺への「人道に対する罪」。当初掲げられたWMDイスラム教テロ組織との関連は事実上はなかったわけだが、「彼はWMDを作る意志があり、実際に作っていた」。白黒はつかなかったが、黒に近いグレーであった。ゆえにその二つの疑いに対しても、裁きに値すると考える人も多いのだろうか?少なくとも、その番組の流れはそう受け止められるニュアンスを残してまとめていた。

 

米国対イスラム教国という構図を語る時、西側諸国の文脈ではいつもわずかに釈然としないものがのこる。

独裁政治やテロリズムは許されるべきではない。ゆえに米国の行いは大きな善の前の小さな悪である。そんな結論にしかたどり着かないとしても。ソ連アフガニスタン侵攻の際には、米国の支援を受け義勇兵として戦ったウサマ・ビン・ラディンが、その後なぜ強い反米主義に転じていったのか。裕福な家庭に生まれた彼を、何が過激な活動家に変えたのか。その事情は、米国がイスラム世界との対立を語る時に、いつも彼らの意識の外側に追いやられているように思える。

 

ベトナム戦争カンボジア内戦の、その真実の姿が、映画やドキュメンタリーに描かれるようになるには、時間が必要だった。いつか米国を始めとした西側諸国とイスラム世界との対立が、イスラム教徒の視点をも含んで描かれる日がくるだろうか。
もう少し情報がほしければ、本や海外のニュースを読むようにするといいのかもしれない。それとは別に私は、彼ら西側の人々のメディアから、イスラムの眼差しをもった歴史の文脈を聞きたいだけなのかもしれない。

 

追記1:そう思っていたら、同じシリーズで「FBIのテロ捜査は正当だったのか」という内容の番組を放送していた。米国に住むムスリムと、テロ捜査にあたったFBIとの両方のインタビューから構成していて、番組としては両者を公平に扱っている。犯罪を行ったわけではなくても、その考えをもっていた、その怖れあったという理由で終身刑を言い渡される。FBIはイスラム教学者が人々の前で行った米国への批判を煽動とみなした。犯罪を行う怖れがあるというだけで罪にされてしまう状況は、推定無罪という言葉を考えれば正常とは思いがたいが、それが正当と見なされる社会的な空気があったということだろうか。かつての十字軍やベトナム戦争のように、反省の色をともなった歴史として語られるようになるには、まだ時間がいるのだろう。