読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

[感想]ジェームズ・アンソール-写実と幻想の系譜- | 損保ジャパン東郷青児美術館

メトロポリタン美術館展のあと、損保ジャパン東郷青児美術館にいってきたのだけど、ここでも、お目当ての作品と違うもののほうへ魅入ってしまった。

今回の企画展は19世紀後半のベルギーの画家、ジェームズ・アンソール。
古典的な画壇とは違う方向性を模索した印象派表現主義を経て、彼の時代は、古典的芸術への明らかな批判とも思える姿勢がひとつの流れとなったように感じられた。

仮面や骸骨といった奇抜なモチーフがアンソールのイメージではあるが、初期の頃は印象派画家の影響を受けて、移ろいゆく一瞬の光を描こうとした。
後に、レンブラントの、光を劇的に使う手法に惹かれ、彼の絵を模写しながら学んだ。また、フランドルの民俗画家ブリューゲルの寓話性の潜んだ作品に強い影響を受け、次第に、その作品は物語性を帯びて行くこととなる。
さらにアンソールの絵画を独特なものへ方向付けたひとつにシノワズリーとの出会いがある。シノワズリーは中国趣味と訳されるが、日本の文化工芸品もこれに含まれ、アンソールは北斎漫画などに影響を受けて、模写などをしている。ジャポニズムとは少し異なり、その手法や精神を汲み取るというよりは、東洋の奇抜さや異国情緒を取り入れた傾向をさすことが多いようだ。

古典的画壇への批判的態度から始まり、フランドル画家たちの物語性を汲み取った彼は、当時の東洋趣味を取り入れ、独特な世界観にいたった。

これは推測なのだけど、牡蠣や髑髏といった、グロテスクである一方、衰退を感じさせるモチーフを好んで選んだことは、静物画がひとつの流行であった頃のフランドル画家たちの影響もあるのだろうか。静物画においてさえも、彼らは道徳的な寓意をこめた。特に空しさ(ヴァニタス)を象徴とする髑髏や、枯れゆく花・植物、時計などを取り入れた。
ともかくも、絵の中に物語を込めるということへの関心は確かだっただろうと思う。

美術館へ足を運ぶ機会を重ねていくと、少しずつ、美術史の流れが自分の中で整えられて行く。今回はそれが面白かった。

アンソールの原点は反アカデミニスムにある。それは彼固有のものではなく、当時の空気だったのだろう。
美術アカデミーでの美の規範は、遠近法や陰影法は歴史画においての神話や宗教の物語の説明であり、美醜や善悪を表現する手段であった。写実の意味は、説明のための手段から、目の前のものをありのままに再現することへと意味を変えた。その転換期をアンソールは生きた。*1
アンソールは”線が重要であったゴシック絵画の時代からルネサンスの色彩を経て、近代の光へとたどり着いた”と記している。これまでの絵画を線と色彩と述べ、近代を光と称し、絵画の進化と捉えているだろうことが感じられる。
しかし、彼の探求にはその先があった。幻想の芸術、その作風は、後のシュールレアリスムへの影響ともなった。

 

ジェームズ・アンソール「防波堤の女性」(1880年 アントワープ王立美術院)|「灰色の海の風景」(1880年アントワープ王立美術院)寓話性の高いフランドル絵画やシノワズリーに出会う前、アンソールの作風は一瞬の光をとらえる印象派に影響を受けていた。ジェームズ・アンソール「防波堤の女性」(1880年 アントワープ王立美術院)|「灰色の海の風景」(1880年アントワープ王立美術院)寓話性の高いフランドル絵画やシノワズリーに出会う前、アンソールの作風は一瞬の光をとらえる印象派に影響を受けていた。

 

印象主義を一例に見る古典的美からの解放は、やはり重要な転換期だったのだと感じた。宗教革命、市民革命を経て、西欧社会が大きく変わりゆく時期でもあった。
絵画もそれと呼応するようにその後を追い、時に時代を引率するように、美の規範を新たなものへと変化させていったのだ。

画家の筆使いや構図の美しさを学ぶのもいいけれど、最近は、歴史や民俗学的な視点で絵画展を見るのも、ドラマチックで愉しいと思う。

*1:美術展の説明文より