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日々帳

140字で足りないつぶやき忘備録。

嵐の凪いだひとときの色彩 :: BBC地球伝説「ゴッホ 真実の手紙」

BBCゴッホの番組を見て、やっぱりとても良かったのでメモ。

ゴッホは弟テオと手紙のやりとりをしていて、500通以上におよぶそれは、今日彼を知る手がかりとして重要なものになっている。その手紙をもとに彼の人生をたどる。

これ程の画家がなぜ不遇の人生を歩まなければならなかったのかという気持にはさせられたが、その理由を、もし評価が早ければ、良き伴侶に出会えていれば、酒に溺れていなければ...と数日間あれやこれや考えを巡らせて、その答え探しはきっとあまり意味のないことだと思うに至った。

確かに思うのは、彼の魂はとても感じやすく、その目に映る色彩は、暗さも明るさも人より強烈なものだったのだろうということ。自分の感じたことに素直で、人との折衝ができず、不器用にしか生きられなかった。孤独の中でその目に見ていた風景の美しさを思うと、せつなくもなるし、絵という形で今日に残ったことを幸運にも思う。

ゴッホの生涯は色々なところで語られているし、それが物語的になってしまうことは好ましくないように思うので、ここでは彼の生き様からは少し離れて、彼が追い続けた表現の世界を考えてみたい。

BBC - ゴッホ 真実の手紙

画家の道を目指したのは、彼が聖職者になるべく伝道活動をしていた折に炭鉱で働く人々をスケッチしたものを見て、美術商だった弟テオが勧めたのがきっかけの一つだった。
この頃の絵には、今日よく知られた彼の作品に見られるような強い色彩はないが、画面全体に細かい線でびっしり描き込んでいて、絵の世界に没頭しながら描いていることが感じられる。画面の端まで力を注いで描く絵の迫力は、晩年の彼の作品にも通ずるのではないかと思った。

ゴッホはミレーの絵に強く惹かれ、彼の絵を何枚も模写した。作品に愛を注げば、想いを見る人に伝えられると信じたという。
父親との確執により一時田舎を出たが、ハーグでの年上の女性との生活などを経て、再び両親の元へ戻っている。
バーグで描かれた作品には彼らしさは弱く、遠近法を意識した風景画なども描いていて、後年の絵の平面的な構成が浮世絵の影響による意図的なものであることを改めて感じさせる。

田舎に戻ってから、しばらくした後、本格的な作品とも言える「ジャガイモを食べる人々」を描いているが、これは、弟テオや王立美術学校の友人ラッパルトからも批判を受けた。ラッパルトはもっと人物をよく見て書くようにと指摘をしたが、ゴッホは受け付けなかった。
「ジャガイモを食べる人々」は、彼が以前から題材としてきた労働者を描き、色彩は暗く、伝道活動をしていた頃に描いた炭鉱の人々の絵に似ている。この頃は黒を印象的に使った。

父の死後は、故郷オランダからベルギー、そして弟のいるパリへと移り住む。
パリでは同郷の巨匠レンブラントの自画像に影響をうけ、彼自身の自画像を描くようになった。
特にレンブラント後年の自画像、自身を皺深く歯のかけた老人として描いた絵の、おのれの暗闇をじっと見つめるようなその眼差しに深く感じいった。鏡に映る自分の顔を見て、目を瞑り、記憶の奥から浮かんできた姿を、今度は記憶だけで描く。その自身と深く向き合う工程に惹かれたのだろうか。ゴッホは生涯のうちで、自画像を数多く残している。
また、当時の流行である明るく軽やかな色彩を取り入れるようになった。手紙には、これまでにいなかった色彩の画家になりたいと書き残している。
この頃出会ったゴーギャンと同じく、ゴッホも浮世絵に強い関心を持った。カラフルで明るくて素晴らしい。そう記した彼は、その色彩に惹かれ、経済的に苦しいながら浮世絵を買い集めた。浮世絵を模写するだけではなく、アレンジして描き、「タンギー爺さん」では作品の背景に浮世絵を取り入れている。

やがて酒により弟との口喧嘩が絶えなくなると、パリを離れることとなった。アルルへ向かう列車の中で見た風景にゴッホは強い感動を覚える。夕日に照らされた大地が黄金に輝いていた。10年前には(色彩のない)暗い絵ばかり描いていた、浮世絵ももう必要ない、ここには色彩がある。そう書き記したほど、アルルの明るい風景は彼に衝撃を与えた。
アルルで絵の制作を続けるゴッホだったが、一方で孤独感は深まった。
友人のゴーギャンへ共に制作をしないかと誘う手紙を送っていたが、彼がアルルへ来ることになると、その日を大変に待ち遠しく思い、彼を迎えるべく次々と絵の制作を手がけた。ゴーギャンがやってきた翌日に、二人はローマ時代の墓地に行き、同じ風景を各々に描いた。ゴーギャンが記憶をたよりに丁寧な一枚を描く間、ゴッホは風景を見ながら二枚目を描いていた。もっと記憶をつかって描くようにアドバイスを受け、ゴッホはそれを試みるが、その手法が合わなかったのか、数日後にはもとの描き方に戻ってしまう。
ゴーギャンはまた、ヒマワリの絵を描くゴッホを描いている。この時の色彩は、ゴッホのものを思わせる、強い黄色をふんだんに使っている。
アルル時代の絵は、南フランスの明るい日差しの風景を描き、代表作「ひまわり」のような輝く黄金色の色彩をみることができる。
しかしまたしてもゴッホの酒癖から二人の仲がぎくしゃくしたものになり、ゴーギャンが手紙に記した不安どおり、ついには口喧嘩の末、ゴッホが自分の耳を切り落とすという事件が起き、二人の共同生活は終止符を打った。

退院後、ゴッホは自分が精神的に病んでいることを認め、テオに頼んで施設に入る。不安定な時期には自殺を試み、安定した時期には絵を描いた。筆がバイオリンの弓のように動いて絵がかけると感じ、しかし体調のせいで制作が進まないことをもどかしくも思っていた。
テオは兄の絵を、これまでにない色があって美しいと記しながら、絵から感じる緊迫感に、自分を追い詰めて描いているのではないか、という不安も書き残している。
この頃には「星月夜」「二本の糸杉」などを描いている。色彩は幾分か彩度をおとし、うねるような線の作風が特徴となっている。また、「ローヌ川の星月夜」をテオに送った。
”新しい絵を送るよ、夜に描いた、大地は藤色、街は青と紫。手前に恋人たちを小さく描いた。”(制作はアルル時代となっている。制作は施設に入る前で、入った後にテオに送ったのかも)

一年ほどの施設生活の後、ゴッホはポール・ガシェという医師の診察を受けるため、フランスの北部の友人の屋根裏を借りた。
ガシェとは友人と思えるほど信頼し合ったが、孤独は埋められず、越してからほどなく、銃で自らの胸を撃ち、その傷がもとで、3日後、テオに看取られながら息を引き取った。
亡くなる少し前に、ゴッホは「荒れ模様の空の麦畑」をテオに送っている。添えられた手紙には絵について次のように説明されている。荒れた空と青々とした草。私はこの絵で悲しみと孤独感を表現したいと思っている。
テオは、なぜ兄がいなくなってから人々が兄の絵を称えるのかと記しているが、兄を追うようにテオも半年後になくなっていることから、ゴッホがなくなってそう時をあけず彼の作品が高い評価を受けるようになったことが伺える。

フィンセント・ファン・ゴッホ 「カラスのいる麦畑」(ポストカードより)
フィンセント・ファン・ゴッホ 「カラスのいる麦畑」(ポストカードより)

感想など

ゴッホは生涯を通して、ミレーの影響を強く受けている。後にレンブラントの影響から自画像を描くようになったけれど、レンブラントの絵の手法というより、人の心の奥深くを描き出す眼差しに共感したのではないだろうか。
レンブラントの肖像画には、美しさというより、孤独や傲慢や虚栄や無邪気さといった人間らしさがあって、そこが彼の絵のもう一つの魅力のように思う。
ゴッホも、歪ながらも真摯に生きている人、といった、一見には美しさに見えないものに惹かれていたように思う。

私はゴッホの絵の中では、アルル時代が好きで、あの黄色の眩さに明るく照らされるような気持ちになる。
燃えるような黄金色は、裏に紫の色彩が隠れているからだそう。あの輝きを支えているは、「ジャガイモを食べる人々」の頃のような黒の時代(勝手に命名)があったからこそかも知れないと思った。
黒の使い方を知っていて、その魅力も知っていたからこそ、輝くような黄金色を描き出せた。

晩年のサン=レミ療養の時代、アルル時代とは違って色彩が落ち着き、うねる線が特徴となる。作品に緊張感が漂う。
勝手な解釈だけど、生きようとする自然の力を描こうとしたのかな、と思ったり。生きるのに懸命で歪になってしまう、そういう以前の作品からの一貫性はあるように思う。

彼の生涯に少し触れると、生前は全く評価されなかったと言われていて、そう思い込んでいたのだけど、実際は、アルル時代以降、少しずつ評価されるようになっていたのだということを知った。
今でも人気が高い絵のほとんどは晩年の2年間で、それが評価されはじめたという時になくなってしまった。死を以て人気を博したわけでも、時代が早すぎたわけでもないんだなあと思った。

ここ数日のうちで彼についていろいろ調べて、考えを巡らせたのだけど、いくつか課題も残った。
父親が牧師で、自身も天職と思って聖職者を目指したように、ゴッホは宗教について深い理解と固有な考え方を持っている。
ミレーの絵に深く共感したのも、働く人々へ向ける尊厳の眼差しであり、それがゴッホの持つ宗教観に近しいものだったからなのだろうと思う。(ミレーはカトリックだけれど、貧しくも敬虔に生きる農民の姿を描いていて、プロテスタント的と言われる。)
その精神が変わらず流れていたこと、そして、彼の描く作品には意識的に聖書に現れるものをモチーフにしている。例えば、夜、外に出て星空を描くことは宗教的なことだと手紙に記していたり、「黒い鳥のいる麦畑」では、聖書で麦刈りが人の死の象徴として描かれていることになぞらえている。
宗教という観点から彼の絵を眺めることも、もう一つ彼を知る手がかりになるのではないかと思った。

それに、ゴッホの作品をまだきちんと見たことがない。
西洋美術館で小さい花の作品を見たっきりだっけな。「ひまわり」の一枚も新宿にあるというのに、足を運んだことがない。
ちょうど東京都美術館メトロポリタン美術館展が始まるので近い内にいろいろと巡りたい。